土曜の夕方、いつものスーパーの帰りに違う道を歩いてみた。


「こんなところに公園なんてあったんだ」
「ね。せっかくだしちょっと座る?」

孝支くんの左手にはスーパーの袋がさげられている。その少し小さめの公園には、いくつかの遊具でまだ子供たちが遊びまわっていた。

「こんなにのんびりするの、なんか久しぶりだね」

その脇のあいていたベンチに2人で並んで座る。ほんとにね、と言いながら、走り回る女の子をぼんやりと眺めた。大学を卒業して2年目、私は仕事をはじめて、孝支くんはもう卒業する年になっていた。

卒論の時期もなかなか会えなかったけど、社会人となるとまた話は別だった。慣れない頃はメールの返事もろくに返せず、週末は疲れて家で寝ていることの方が多かったかもしれない。孝支くんはそんな私に気を使ってくれて連絡もまばらだった。

「でも今日、一緒にいれて楽しかったなあ」
「ん、俺も」

べつに何をしたわけじゃなく、昨日の夜から孝支くんがうちに遊びに来てくれて。ふたりでなにも話さずただ隣にいることが嬉しくて、たまっていたドラマをときたまああだこうだ言いながら見るのが幸せだったりして。肩だけ触れた体温があたたかいことに、ただただ安心した。

5時のチャイムが鳴る。お母さんたちに駆け寄る子供たちの笑顔が眩しくて、目を細めた。

「・・・やっぱなまえさんてちっちゃい子すきだよね」
「え?」
「笑ってるから」

それはきみと一緒にいられるのが嬉しいんだよ、の言葉は飲み込んだ。そうかなとごまかすように笑う。

ひとりの女の子が私たちの前を走り抜けていった。すぐそばに立っていた女の人の腕をつかんで、楽しそうにふわふわとした笑みを微笑ましく見ていると、その子がふとこちらを見る。

「ばいばい」

思わずそう告げて手を振ると、一瞬戸惑ったあとに満面の笑みで振り返してくれた。

「うーん、やっぱ女の子可愛いし欲しいよね」
「なにが?」
「いつか」

孝支くんを振り向くと、いつもの笑顔の上に少しいたずらめいた色が浮かんでいた。いつか、の意味を理解して、「何言ってるの」と冗談めかして腕をはたこうとしたときだった。

「俺はまだ学生だし、そんな大層なことも言えないしできないけどさ」

お母さんに手をひかれていく女の子に、そう言いながら手を振る孝支くんの目は柔らかかった。

「でもさ、なまえさんが笑ってるときも泣いてるときも、そばにいるのは俺がいいって、思ってるんだ」

眉尻を下げた笑い方をしてから、孝支くんは空を仰ぐ。かたむいた陽が色素の薄い髪に反射してきらきら光っていた。

「・・・うん、私も」

これから起こる私にとっての幸せも、彼にとっての悲しみも、ぜんぶ2人で分け合えたら。そうしたらたぶん、怖いことなんてひとつもなかった。ぽつんと呟いて、同じように笑ってみせる。

「私も、一緒にいるのは孝支くんがいい」

彼の柔らかいまなざしを、大きなてのひらを、いちばん近くで。

繋いだ指の先、私と同じ温度のそれをもう1度握り直した。うまくいかないこともあった。泣いたことだってあった。でもそんなのはいつのときも、孝支くんが幸せに変えてくれた。

「俺がもうちょっと立派になったら、奥さんになってくれる?」

赤さがじわりとにじむ公園のベンチ。ねえ、私ね、幸せなときは泣くより笑う方がいいな。それでね、あなたとならそうやって、生きていけるんだと思うの。

涙はこらえなくても大丈夫だった。ただひとつ笑って肯けば、孝支くんも同じように笑ってくれた。


back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -