好きな人がいるということはそれだけで幸福なのだと思う。


進まない卒論、望ましくない実験結果、教授からのプレッシャー。それらを一心に背負いながら、私は今日も研究室でパソコンと向き合っていた。

──無理、こんなの終わんない。

長時間モニターを見続けた目がしぱしぱと乾燥している。ぎゅっと目を瞑ってうなっていると、ドアが開く音がした。

「お疲れさまでーす」
「あれ、孝支くん」
「ひとり?」

私が4年に上がって配属された研究室は偶然にも彼と同じだった。もちろん研究テーマで選んだから、これは本当に偶然。でもそれが嬉しくてたまらなかった感覚は、まだ胸の端に残っている。

「うん、みんな帰っちゃった」

もう7時だし。そう付け足してから、ひとつ伸びをして。いやいやながらも再び画面に向き合いながら、「今日どうしたの」と声をかけた。

「資料取りに来た」

部屋の一角どころか一辺の壁を天井まで埋める資料棚を見上げて孝支くんが言う。ふうん、と適当な相槌を打って、なんだ私に会いにきてくれたわけじゃないのか、とげんきんなことを考えた。

ちらりと彼の後ろ姿を目で追っていると、ふと振り向いた目と目が合った。何見てんの、えっち。にやにやと笑いながら言う孝支くんに、そんなんじゃないもんとぼそぼそ言い訳まがいの言葉を呟く。

「進捗どうですか、先輩」
「芳しくない」

からかうような口ぶりに憮然と返答する。結果グラフを見つめ、資料を漁り、また新しい文献を調べつつ。少しは進めないと後で泣くのは自分だとわかっているから、孝支くんが棚に向き直ったのと同時に申し訳程度の集中力をかき集めた。

「はい、お疲れさま」

あれでもないこれでもないと唸っていると、不意に音を立ててマグカップが傍らに置かれた。

「わ、ありがとう」
「眠そうだからブラックにしたけどよかった?」
「うん」

湯気の立ち上るコーヒーを冷ましながら喉に下ろしていく。あたたかい苦味が広がるのを堪能しながら、ふう、と今日何度目か分からないため息をついた。

「おいしい」

へらっと、傍らに立つ孝支くんに笑う。彼もカップを持っていて、よかった、と隣の椅子に座りながら同じようにコーヒーを口に入れた。

「終わりそう?」
「・・・終わらす」
「はは、頑張って」
「レポートは?どう?」
「んーまあ、来週までだからなんとか」

最近遊びに行けてないねとこぼすと、短い相槌が返ってきた。これからの追い込みの時期を想像して今から嫌になる。ときどき家に遊びに来るくらいしか2人で会えていない現状と、たぶん今よりもっとその頻度が減ってしまうだろう数ヵ月後のことと。

「べつに終わらせなくてもいいんじゃない?」

薄く笑いながら、孝支くんはモニタの電源を切った。何言ってんの、と笑おうとして、孝支くんの表情を見て、ゆるんだ頬は自然と元に戻っていく。

「留年してくれたらもっとなまえさんといれるし」

カップを机に置く仕草と音にどきりと胸が鳴った。口元は笑っているのに、真剣そのものの目つきをした孝支くんから目を逸らせなくて、ただ近づいてくる唇を受け入れるしかなくて。

「・・・学校、なんだけど」
「誰もいないよ」

抵抗する気もない私のことを、きっと彼は見透かしている。言い訳めいた簡単でどうしようもなくくだらない理由を口にして、もう1度、今度は私から、言葉を塞ぐように。孝支くんのコーヒーには砂糖が入っていたのかもと、湿った感触を感じながら目を伏せた。

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