ガンガンと頭が痛む。揺れる視界に眉をしかめながらうっすら目を開くと、いつものベッドの上だったことにひどく安心した。

「んん・・・」

いつもベッド脇に置いているスマホを手で探るけれどいつもの位置に無い。あれ、昨日酔って蹴っ飛ばしたのかなぁ。腕とおなかに力を込めながら起き上がり、きょろりと部屋を見回す。

「あ、起きました?」
「・・・・・・えっ」
「ちょっと待っててください、お味噌汁作ったんで持ってきますね」

いつもの私のアパートなのは間違いなかった。見慣れた壁紙、見慣れたベッドシーツ、そして閉められたカーテン。どこをとっても私の部屋のはずなのに、どうしてなのかそこに居ないはずの人物が居た。

「え、菅原くんなんで、」

なんでいるの。慌ててベッドから降りようとしたけれど動くたびに頭に鈍痛が響く。どんだけ飲んだの、と昨日の自分に呆れながらなんとか立ち上がったところで菅原くんがマグカップを片手に部屋に戻ってきた。

「はい。熱いんで気をつけて」
「ありがとう・・・?」

訳も分からぬままにお皿を持たされたところでハッとする。え、まさか、もしかして。テレビをつけた彼に見えないよう、こっそり服の下を覗く。オーケー、とりあえず下着はつけてる。服も昨日のまま。あれ、ていうか私化粧も落としてない。

「座んないんですか?」
「えっ!あ、うん、座る・・・」
「すみません、今朝勝手に台所借りちゃいました」
「うん、大丈夫・・・ていうかごめん・・・・」

確か昨日は、と記憶をたぐりよせる。部屋の中心に置いたローテーブル、菅原くんが座る正面側に腰をおろして、どうやら彼が作ってくれたらしいお味噌汁をひとくち口に含んだ。

「・・・おいしい」
「本当?よかった」

そうやって菅原くんはへらりと笑う。そう、確か昨日は専攻の飲み会があって。同じ専攻の後輩である菅原くんももちろん参加していて、みんなが潰れ始めた中盤あたりから2人で話しながら飲んでいたような気がする。

専攻内の恋愛模様だとか教授の愚痴だとかでひとしきり笑って、楽しくてしょうがなくて普段よりだいぶペースが早かった気がする。度数の高い甘い果実酒をこれでもかと飲んで、菅原くんと日本酒を半分こしたり気まぐれに味の薄いワインも飲んだりして。そんなことは覚えているのに、どうやってお店を出たとかちゃんと電車に乗ったのかとかがまったく思い出せない。

「もしかしなくても送ってくれた・・・よね・・・?」
「ああ、はい。なまえさんベロベロだったから」
「うわああごめんなさい・・・!」
「大丈夫ですよ。俺こそ勝手に泊まっちゃってすみません」
「いやいやそんな・・・ごめんね本当に・・・」

いくら反芻させてみてもどうやって帰ってきたのか記憶が全く無い。それでも必死に思い出そうとしていると、なんとなく玄関での風景が頭に浮かんできた。菅原くんに寄りかかって、ふらつく足元で、なんとかベッドまでたどり着いたような。あーもうほんと何してんの。ねえ。何してんの。

「昨日、ありがとう・・・。お味噌汁まで作ってもらっちゃって」
「二日酔い大丈夫ですか?」
「うん、これ飲んでたら落ち着いてきた」

笑った私の顔はさぞぎこちないだろう。それに比べて菅原くんの笑顔はいつもと変わらず柔らかかった。そのことがさらに申し訳なさを込み上げさせて、ああもう本当に、ごめんねありがとう私はいい後輩を持ったよ。

「なまえさん、今日授業は?」
「午後から」
「よかった。じゃあ俺2限あるから、行きますね」

ゆっくりしててください、と言いながら荷物を持って立ち上がる。ちらりと目に入れた時計は9時を指していた。

いったんカップをテーブルに置いて、玄関まで菅原くんを見送ることにする。靴を履いている菅原くんに、もう一言だけ謝った。

「本当にごめんね、ありがとう」
「全然。昨日のなまえさん、可愛かったしね」
「え、」
「むしろ役得でした。こちらこそありがとうございます」

にっ、と。いつもとは違う悪戯めいた笑い方に胸が鳴る。じゃあまた学校で、と言い残してあっさり菅原くんはドアを抜けていった。

彼の笑顔を頭に浮かべながら、ふと鏡に映った自分の姿をまじまじと見つめた。髪はぼさぼさで、アイメイクなんて見る影もなかったしスカートはぐしゃぐしゃで。自分自身のあまりにひどい格好にため息をつきながら同じようにテーブルの前に座りなおす。

その上に置いていたカップからは、まだ少し湯気が立っていた。


──私たちが恋人同士だと呼ばれるようになるのは、この日からわりとすぐのことだった。


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