疲れた体を引きずって帰路を歩いていた。家から近いことを重視して選んだバイト先の飲食店は今日も盛況で、動き回った後の足のだるさとバイト終わり特有の疲れを身に感じながらアパートの階段を上がる。

テレビとベッドとテーブルでもういっぱいになってしまうような私の城は、学生にありがちな小さな1Kだ。鳴るおなかをおさえながらのろのろと鍵をさす。


「あ、おかえりなまえさん」

重たいドアを開け誰にもとなくただいまを呟くと、すぐそこの小さい台所に孝支くんが立っているのに気づいた。

「えっ、なんでいるの・・・!?」

驚いて靴を脱ぐのも忘れた私に彼は柔らかく笑った。「携帯見た?」言いながら、コンロにかけていたお鍋の中を覗き込みひとつ頷く。カチリと火をとめて、今度こそ私に向き直った。

「行くねって連絡入れたんだけど」
「うそ、ほんとに?ごめん全然気づいてなかった」
「だと思った」

慌ててバイト終わりからずっと見ていなかった携帯をポケットから取り出す。画面をつけて確認すると彼の言う通り"ご飯つくりに行くね"とメッセージが入っていた。もう一度ごめん、と謝りながら靴を脱いで部屋に上がるとそこで初めてあたたかいにおいが鼻をくすぐった。

「なんかおいしそうなにおいがする」

それは働いて疲れた体にほどよく染み込んでいくようだった。でしょ、と得意げに笑う孝支くんの横に立って鍋を覗き込むとそこには、

「肉じゃが!」
「いまご飯よそうから、荷物置いてきな」
「うん、ありがとう!」

思わず大きな声が出てしまったのが少しだけ恥ずかしくて、誤魔化すように笑ってみせる。肉じゃがは私の大好物で、それだけで舞い上がってしまいくらいなのに彼が作ってくれたとなるとその喜びはもう格別だった。いそいそと部屋に鞄を投げるようにおろし、また台所へ戻る。

「待っててって言ったじゃん」
「ん、私も手伝う」

電子ケトルでお湯が沸いているのは知っている。棚から2人分のインスタントのお味噌汁を取り出してカップに用意した。この間出かけた時に選んだおそろいのマグカップにお茶を注ぐ孝支くんを見ているとにやけが止まらないし、帰り道の体のだるさなんてもうどこかに行ってしまっている。

お湯で味噌を溶かしていると「なに笑ってんの」と横から怪訝そうな声が聞こえた。お茶碗を両手に持った孝支くんが不審そうな目で私を覗き込んでいる。なんでもない、と笑うと腑に落ちなさそうな顔をしながら部屋の四角いテーブルに向かっていってしまった。



「珍しいね?」
「うん?」

隣同士に腰掛けながら、テレビの電源を入れる。いただきますと揃って手を合わせるとお腹が小さく鳴る。おいしそう、思わず呟いて真っ先に肉じゃがに箸を伸ばすとよく味のしみたじゃがいもが幸せを運んできてくれた。

「おいしい・・・」
「ほんと?どう、甘さ」
「ちょうどいい。孝支くん天才」
「はは、ありがと」

じゅわりと広がるだしの味をかみしめて飲み込む。ふう、と一息ついてから「それで、」と話を切り出した。

「珍しいね、私のバイト終わりにうち来るの」
「そう?」

私と彼が付き合い始めたのは今年のはじめの頃だ。学校終わりに一緒に私の家に帰るのは珍しいことじゃないけど、こうやって別々に──それも私がいない間に彼が部屋にあがっているのは、今まであまり無かったことだった。別に嫌じゃないし、むしろ嬉しいけど。

「なんかあった?」
「んー?別に何があったわけじゃないんだけど」

にんじんを咀嚼すると特有の自然な甘さが口内に広がっていく。それを喉に下しながら言葉を待っていると、孝支くんは目線をテレビに向けながら口を開いた。

「なんか急に顔見たくなって」

これじゃだめ?ず、とお味噌汁をすすりながら孝支くんが言う。つけたテレビの音は大きかったのに、孝支くんの声だけが鼓膜に反響しているみたいに思えて咄嗟に肉じゃがをひとくち放り込んだ。

だめである理由があるわけがなかった。持ち上がる両頬をなんとかして押さえ込みながら、隣の孝支くんをちらりと見上げる。ご飯を頬張った彼が横目で私を捉えたのを見て、思わず声に出して笑ってしまう。

「なにー?」
「ううん。肉じゃが、おいしいね」

それが少し甘めに味つけされたのは私がその方が好きだからだ。よかった、とほっとしたように笑う孝支くんを見ながら、やっぱり幸せっていうのはこういうことを言うんだと、つけっぱなしだった台所の明かりに思った。


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