がたん、と椅子の倒れる音がした。その後すぐに鈍い音がして、痛みに顔をしかめる。いきなりの事で何が起きたか理解ができずに、わたしはしきりに目を見張る。さらりと鼻先に振れるたのはまぎれもなく彼の髪の毛で、もう少しだけ顔をあげれば深く澄んだ色の瞳と視線が絡んだ。

「あんたむかつくんだよね」

女の子のような可愛らしい顔立ちに似合わないような言葉遣いで、ミストレは淡々と喋った。わたしの後ろにあるのは床だと気づいたのはその時。細い指がわたしの頬をなでる。背筋が凍った。ミストレの瞳は、飢えた獣のように、ギラギラと嫌な色をしていたのだ。

「俺より年上だからっていい気になってる?なってるよね。ほら、こうやって押し倒してもなんの抵抗もしやしないもんね。それともこういう事されるの期待してた?それなら相当な淫乱なんだね、君」
「ミ、ミストレ?」
「…優しくなんてしてあげないよ。逃がさない、」

事態の飛躍にうまくついていけない。頭の中はあいかわらずぐるぐると混乱していて嫌な汗がにじむ。
ミストレとは小さな頃から一緒に遊んだりして、姉弟のように育ってきたのに。どうしてわたし、彼に押し倒されているの。ぐっと近くなる唇との距離に、わたしは戸惑いを隠せずにいた。「ミストレ、駄目だよ、こんなの。わたしたち恋人でもないのに、」「少し黙っていてよ」うっとおしそうにわたしの頭を強い力で固定すると、噛みつくような勢いでミストレはキスをしてきた。まだキスなんかしたことのないわたしは、まずどうやって呼吸をするのかが理解できず、体が酸素を求めて苦しくなるのはそう遅くはなかった。だけど彼は簡単に唇を解放してくれなかった。
やっとミストレの髪の毛が遠ざかった時には、わたしはぜいぜいと呼吸を繰り返す事しかできなかったのだ。

「ミッ…!ごほっ、はあ、げほ」
「苦しかった?」
「ミストレ…!」
ぺろりと自分の唇をなめた彼があまりに艶っぽくて、思わず目をそらす。ミストレの口元から少しだけ血が滲んでいて、わたしが思わず噛んでしまったことに気づく。「誰かさんが噛んじゃったから血がでてきちゃった」「ミストレ、やめよう。ほんと駄目、こんなの、」「恋人じゃないから?」ミストレは先ほどまで手を覆っていた手袋をゆっくりはずすと、軍服のボタンを少しずつ外した。

「恋人ごっこ、しようよ」

昔のような、やわらかくてマシュマロみたいにすべすべで、小さく愛しかったあの手はどこにもいなかった。ごつごつと骨ばった指先が下着に触れたとき、脳裏によぎるフラッシュバック。いまは昔の彼が見あたらない。わたしに微笑みかけてくれたあの優しい笑顔はどこにもいたいことを初めて痛感した。わたしたちはどこで間違えたのだろう。
彼の瞳が、少し悲しげに滲んでいたのはわたしの見間違いだったのだろうか。



センシティボーイ
110410

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