灰塵に帰す


この真島吾朗という男は姿に似合わず私をひどく優しく抱く。

あの日、予報外れの雨が降り頻る中、傘が無かっただとか、単に誰かといたかっただとか、そんな些細な理由で入ったバーに真島さんはいた。目立つ風貌ではあったが、カウンターチェアに浅く腰掛けウィスキーを飲むその姿が、店内に心地良く流れるジャズと響く雨音が相まって、やけに絵になっていたのを覚えている。

どちらから声を掛けたかなんて今となっては些細なことだが、やけにフランクに話す男に私の警戒は徐々に薄れていき、まぁ男女が揃ってすることといえば一つだろう。初めて会った男に体を許す程、軽い女ではなかったと思っていたが、きっと寂しかったのだろう。実際、恋人と別れてからからだいぶ期間が空いている。それはもう燃えるような恋だったが、最後は呆気ない終わり方だった。

真島さんとの時間は楽しいものだったが、飴色のアルコールが喉を焦がすたび、私は現実に引き戻される。そうして別れたあの男を思い出す。ぽっかりと空いた穴がアルコールで満たされる頃、私はこの男の腕の中、シーツの波で溺れるのだ。

こうして私は約束もせず、バーに通うこととなる。




ベッドサイドに腰掛け紫煙を燻らす真島さんの般若と目が合った。筋肉がついた逞しいその背中に咲く満開の椿と般若と、私が残した小さな爪痕。全てがちぐはぐで、そのアンバランスさがとても美しいと思った。

視線に気がついたのか、真島さんは備え付けの灰皿に煙草を押し付けると、振り返り満足げににんまりと笑った。

「嬉しそうですね」
「名前が嬉しそうやからなぁ」
「なんですかそれ」

つられて笑う私を真島さんは笑みを消し隻眼をすぅと細め、じっと私を見つめた。どくんと心臓が跳ねる。その瞳に映る私はひどく動揺していただろう。私はその目が何を意味しているのかを知っている。体を重ねるたびに見せるその表情を。全てを見透かされたような気がして、シーツを手繰り寄せた。どちらのものかもわからない汗でしっとりとしたシーツ、ハイライトと香水の香りがさらに私の心を乱す。布切れ一枚で私を隠すことは出来なかった。

そんな筈はない。そうなってはいけない。私と真島さんとはただのそういう関係で、やめてくれと心が悲鳴を上げた。そこにそれがあってはいけないのだ!

「あのバーで約束もせず、なんで名前を待っとると思う」
「それは」
「前の男がどうだったとかどうでもええ」

真島さんは煙草をその薄い唇に咥え火をつけた。煙が私と真島さんとの間でゆらゆらと揺れる。この男はその優しさで私の傷口をぐじぐじと抉るのだ。私はとうに気がついていた、この男からの愛を。

言葉を発せずにいる私を横目に、真島さんは煙を吐き出すと、慣れた手付きでソフトボックスの底を叩き、飛び出した一本を私に差し出した。受け取ってはいけない。戻るなら今のうちだ、まだ間に合う。そう自分に言い聞かせるもその手は煙草へと伸びていた。

乾いた唇に煙草を咥えると同時に、真島さんの手が逃さまいと私の後頭部に回る。じっと見つめる真島さんの瞳は、熱を持った、まるで獲物を執拗に追い掛ける獣のようだった。私は目を閉じてただそれを受け入れた。シガーキスは、今までのどの口付けよりも苦く、甘かった。

じりじりと燃えていく2本の煙草は灰を落とし、シーツを汚す。






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