地面に叩き付ける雨がじんわりと私の体温を奪っていく。朝から降り始めた雨は夜になってもなお止むことはなく、より一層強くなっていく一方だった。雨の日でも気分が晴れやかになるようにとあの人と選んだ傘も、今は私の気持ちに寄り添うことはなかった。

真っ直ぐ家に帰る気にもなれず、ただ赴くままに歩いて辿り着いた公園は、動物園帰りの家族や恋人達がちらほら見受けられた。同じ空間にいることがただただ辛くて、視界に入ったコインロッカーに取り付けられた簡易屋根の下に逃げるように潜り込んだ。

イヤフォンから聴こえてくる曲も、雨音を掻き消せど、騒つく心を宥めることはなかった。目をそっと閉じ、ただ時間が過ぎるのを待つ。迎えに来るのを期待しているわけではない、ただ雨が止むのを待っているだけと自分に言い聞かせながら。



どれほどの時間が経っただろうか。

優しく肩を叩かれ、私は慌てて目を開けた。叩かれた方に顔をやると一人の男が立っていた。癖のある黒髪にやけに整った顔立ちの男。心がずんと沈むのを感じた。期待してしまった私に嫌気が差す。思わず顔を顰めてしまったが、男はそんな私の表情を見ても顔色一つ変えることなく肩を叩いただろう手で私の後ろを指差した。

「使っても宜しいですか」

男が指差す方に振り返ると鍵のついたコインロッカー。周りを見てもオレンジ色のタグが見当たらず、ここにしか空きがないようだった。すみません、と一言謝り横に一歩ずれると、男は小さく会釈をし、ロッカーの扉を開けた。失礼かと思いながらもちらりと横目に見たが、丁度扉が邪魔をして、かさかさと音はすれどその様子を伺うことは出来なかった。

「雨、すごいですね」

思わず口から出た小さな声は、雨音に掻き消されることなく男に届いたようで、そうですね、と当たり障りのない返答が返ってきた。今はただ誰かと話をしたくて、その一瞬の遣り取りですら私には嬉しいものだった。

かちゃんと鍵が掛かる音がする。
音の方へ顔を向けると、男は鍵を手にしたところだった。全身黒い服に身を包んだ男の手に握られた、オレンジ色のタグがやけに目に付いた。それと同時に傘を持っていないことに気がつく。

「これよかったら使って下さい」
「貴女はどうされるんですか」
「私は…」

迎えが来るんです、と思わず言葉にしてしまいそうだったが、頭に反響する“さよなら”が私の口を閉ざした。今の私が持っていても何の役にも立たないが、こんな女物の傘を渡しても逆に迷惑だったかも知れない。そう思った時には男が傘を受け取った後だった。

「ありがとうございます」

何も聞かない男に、私はほっと心を撫で下ろす。
男は小さく会釈をし、ばさりと傘を広げた。視界に広がるオレンジ色の花柄。雨粒がキラキラと光り、一瞬で目の前が明るくなったような気がした。

男の背中が見えなくなり、どれくらいの時間が経っただろうか。雨はとうに上がり、雲の切れ間から月が顔を覗かせていた。

あれだけの雨だというのに、滴一つ付いていなかったと、今更ながらに思い出す。不思議な人だったと考える頃には沈んでいた心は影を潜め、私も帰路に着くのであった。



あの日から数日後の雨の日、何となしにあのコインロッカーに行くと、私が差す傘と同じものを持った男が立っていた。律儀にも返しに来てくれたのだろうか。駆け足で近付く私に、男は小さく会釈をするのだった。

雨も悪くないのかもしれない。
今はこの傘が私を救ってくれるのだから。





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