貴方がいるということ


目が覚める。
意識が覚醒するよりも先に肌寒さを感じた。隣りに手を伸ばすが、そこには温もりだけを残し、肝心の真島さんは居なかった。不意にベランダへ目をやると、はたはたと緩やかに揺れるレースカーテンの向こう側の般若と目が合った。私は床に落ちていたショーツに足を通し、それから同じく床に落ちていた少しばかり草臥れたパーカーに袖を通した。素肌に触れるチャックが少しばかり冷たかった。

「おはようございます」

カーテンの隙間から顔を覗かせて声を掛けると、真島さんは咥え煙草で私を手招きした。ベランダのサンダルに足を引っ掛けて、彼の隣りに並ぶ。

「まだ起きるには早いんちゃうか」

真島さんの言う通り、空はまだ薄らと闇を残していた。それでも東の空は白くもやがかかり始め、夜明けが近いことを示している。私は明け方の澄んだ空気を肺一杯に吸い込んだ。つんとした冷たい空気と煙草の煙に咳き込むと、真島さんは何も言わず背中を摩ってくれた。5月とはいえまだまだこの時間は肌寒い。外気に晒された足に鳥肌が立ち、反射的にぶるりと身を震わせた。

「真島さん寒くないんですか」
「寒い」

身に纏うのはレザーのパンツのみと見るからに寒そうな格好であっけらかんと言い放つ真島さん。惜しげもなく晒された引き締まった上半身に、私はゆっくりと身を寄せた。

「年々寒さが堪えるようなったわ」

真島さんはそう言って溜息と一緒に紫煙を吐き出した。ふぅと吐き出された煙を目で追う。ふわふわと上る煙は段々と明けていく空に吸い込まれていった。

「ヤクザなんかどうせ長生き出来へん思っとったけど、また今日を迎えてもうたなぁ」

楽しいことも辛いことも人並みに経験してきたつもりではいたが、真島さんが吐き出した言葉の重みを理解することは一生出来ないのだろう。理解出来ないからこそ真島さんは私といることを選んでくれたのだと思う。布越しにじわりと溶け合う私たちの体温がやけに愛おしく感じた。

「真島さん」
「なんや」
「お誕生日おめでとうございます」

そう言って真島さんを見上げると、彼は嬉しそうに目を弓形に細めて笑った。

私と真島さんはそれぞれの道を歩み続ける。決して交わることはないが並行した道を。真島さんは全力疾走で進み、先を行く彼の背中を道標にして追い続ける。今は縮まらない距離もいつか私が真島さんを追い越す日が来るのだろう。

「真島さん、ありがとうございます」

真島さんはじりじりと燃えて短くなった煙草を灰皿に押し付けた。そして後頭部にキスを落とし、部屋へと戻っていく。すれ違い様に聞こえた“ありがとう”は、冷えた体を温めてくれるような優しさを含んでいた。

「名前」

真島さんが私の名前を呼ぶ。
いつの間にかベッドに潜り込んだ真島さんは、掛け布団を持ち上げて私を誘った。空はいつしか明るくなり、遠くで電車が動きだす音が聞こえてきた。そろそろ神室町も短い眠りに就く時間だ。

真島さんの体温で暖まったベッドは、すんなりと私を眠りの淵へと誘った。

いつかその日は突然くるのだろう。それを怯えて待つのは真島さんはきっと良しとしない。ならばこうして毎年言わせてほしい。生まれてきてありがとう。私を選んでくれてありがとう、と。隣りで笑ってほしいと願えることこそ愛と呼ぶのだろう。






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