ループ論


疲れた体を引きずって自宅の玄関に辿り着いた時には時計の短針は天辺を指していた。草臥れた鞄に手を突っ込み、手の感触だけで鍵を探す。指先が金属に触れたのを確認して、絡まったイヤフォンと一緒に鍵を出す。解くのも億劫なのでそのまま鍵穴に鍵を差し込んだ。

「ただいま」

義務的に出された声は部屋と同じように暗く、その声に返答はない。壁伝いに照明のスイッチを探して押す。玄関に散らばったパンプスは出社時と変わらない状態で私を迎え入れた。今日一日彼からの連絡はなかったが、少しばかり期待していたせいかどっと疲れが肩に降りた気がした。

スリッパに履き替え、リビングに続く廊下をペタペタと音を立て歩く。リビングへの扉を開けると、私の疲れが一瞬で吹き飛んだ。

「来てたんだ」

部屋中に広がるハイライトと香水の香り。彼がここに居た証。そこに居るのではないかと錯覚する程の甘く濃い匂いに思わず目眩がする。真っ暗な部屋の中、彼の犬歯が光った気がした。

ふと、テレビボードに乗った貯金箱に目が行く。部屋の灯りを灯してから貯金箱の元へと向かった。豚の形をした貯金箱が餌をねだるようにそこで主張していた。その横に置かれて一枚のメモ。私の文字を上書きする一本の線と“済”の文字。豚を持ち上げると少しばかり痩せたように感じた。

私は鞄を放り投げて駆け足でキッチンへと向かった。
冷凍庫を開けるとそこにはぎっしりと詰められたアイスクリームが。私が好きなラムレーズンと彼が好きなクッキークリームもそこにはあった。あの晩に交した約束を覚えていてくれたことが嬉しくなり、私は貯金箱の元へと戻り500円玉を10枚取り出してから一通のメッセージを送った。

それは直ぐに既読へと変わる。帰ってこないメッセージに安堵しつつ、私は脱いだばかりのパンプスに足を通した。

ーー次来る時は煙草はいらないですよ。

更に軽くなった豚と二つ目の“済”の文字。
それでも彼のお土産が変わることがなかった。一向に減らない冷凍庫のアイスクリーム。煙草のカートンの包紙が破かれるのには時間が掛かった。そうして豚は今日も肥えていく。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -