ハートを射止めて


私の手から放たれたダーツは弧を描き、とん、と小気味良い音と共にダーツボードの中心へと刺さった。ダーツ台上部の画面に表示される“WINNER”の文字。本日何度目かの勝利にガッツポーズをする。対戦相手である真島さんを見ると、連敗したことが余程ショックだったのかハイタイプのバーテーブルに突っ伏していた。

「名前ちゃん、ごっついのう…」

ダーツバーに流れる洋楽に混じり、真島さんの小さな呟きが私の耳に届いてきた。ダーツボードからマイダーツを引き抜き、画面に表示されたスタッツを確認する。うん、まずまずといったいったところか。少しずつ上るレーティングに自身の成長に喜びを感じながら、真島さんの所へと戻る。真島さんはというと頬杖をつきながら拗ねた子供のように唇を尖らせ、店員にオーダーをした所だった。

「ほんま名前ちゃん上手やな」
「えへへ、ありがとうございます!」

真島さんとはこのダーツバーで知り合った。私は元々この店の常連で、仕事帰りによく遊びに来ていた。いつだったか一人でふらりと来店した真島さん。バーの店員を介して一緒にプレイをしたのが切っ掛けだった。花金や忘年会シーズンなどは団体客が目立つが、ダーツバーは基本お一人様が多い。そういう店だからこそ、新規の客が馴染みやすいように店員が一緒に投げないかと常連客に声を掛けるのだ。

ジャケットの隙間から覗く刺青に、最初驚きはしたものの、アルコールの力とは恐ろしいものだった。仲の良い常連客に負け続け、何杯呑んだかも分からないテキーラのお陰もあってか、真島さんと仲良くなるまでにそう時間は掛からなかった。

あの時は私は既にべろべろに酔っ払っていたが、今は立場も逆転し、真島さんが呑まされる側に回った。真島さんの目の前に運ばれたショットグラス。余程悔しかったのか、半ばヤケクソに、ライムなんぞいらん!と声高々に言うものだからダーツバーに常連客の笑い声が響いた。

「男気ありますね!」
「うっさいボケ!」

真島さんが一気にテキーラを煽る姿を見守った。意地悪なことをしている自覚はあるが、真島さんを一方的に負かすのは何とも楽しいものだった。かん、とバーテーブルに叩き付けられたショットグラス。真島さんの呑みっぷりに店内で拍手が沸き起こった。ばつが悪そうな表情を浮かべてはいるが、酔いが回った様子はない。残念なことにダーツの腕前では上なものの、酒の強さでは敵わないようだ。

「ねぇ、真島さん。テキーラも飽きてきた頃だと思うですよ」
「なんやねん、喧嘩売っとんのか」
「ちょっと賭けでもしましょうよ」

ルールは至極簡単。“負けた方が勝った方の言うことを聞く”というもの。私の言葉に真島さんはえらく食い付いた。勝ち続ける罪悪感から提案してみたはいいものの、何でもええんやな、と念押しする真島さんに、不安が頭を過った。

「女に二言はないですから!」
「言うたな、名前ちゃん」

今まで勝ち越しっぷりに私が負ける筈がないと自分に言い聞かせた。

投げる順番を決める為、お互いに一本ずつ投げる。さて、真島さんに何をお願いしようか。美味しい焼肉屋にでも連れて行ってもらおうかな。そんなことを考えながら真島さんのコークを後ろから見守った。

真島さんの右手から放たれたダーツは綺麗な弧を描いてインナーブルへと刺さった。まるでボードに吸い込まれるかのように綺麗に刺さったダーツに、一つの疑念が浮かぶ。真島さん、今右手で投げた?

「おぉ、やっぱりこっちのが調子ええのう!」

真島さんは右手を閉じたり開いたりしながら言った。これが本調子だと言わんばかりに。いやいや、そんな筈はない。いつも真島さんは左手で投げていた。初めてゲームした時の会話も覚えている。

――サウスポーなんですね。
――せやねん、珍しいやろ。

私も続けてスローイングするが、乱れた心で放たれたダーツは当然のようにあらぬ方向へと飛んで行き、真島さんのダーツとは掛け離れた所へと突き刺さった。私の後ろで真島さんの笑い声がする。ゆっくりと振り返ると、犬歯をぎらつかせながら邪悪な笑みを浮かべていた。

宜しくお願いします、とグータッチを交わすが、私の声は明らかに震えていた。程なくして真島さんの右手から一本目が放たれる。手本のような綺麗なスローイング。吸い込まれるように20のトリプルに刺さった。続けて二本目、三本目も同じく20のトリプルへ。常連客も私たちのゲームを見守っていたようで、ナイトン!と掛け声と拍手が響いた。

「嘘……」

ダーツボードからダーツを抜き取り、振り返って不敵な笑みを浮かべた。そしてスローラインで呆然と立ち尽くすの私の方へゆっくりと近付き、すれ違いざまに身を屈めて耳許で囁いた。

「俺、トンパチのゴロちゃん呼ばれてんねん」

嫌な汗が頬をつぅと伝った。トンパチのゴロちゃんって何。初めて聞いたんだけど。

トンパチのゴロちゃんだろうが要は勝てば良いのだ、勝てば。そうやって無理やり自分を奮い立たせた。とはいえ一度揺らいだ心はそう簡単に持ち直すことが出来る筈もなく、あれよあれよという間にゲームは進んで行き――

「ヒヒッ!俺の圧勝やな!」

自分でも出したことがないようなアワードが飛び交い、心折れた頃に勝負は決していた。真島さんの言う通り、彼の圧勝だった。

「何でもする言うたよな?」

目を細めにんまりと笑う真島さんに、私はごくりと生唾を飲み込む。何も言えないでいる私に、真島さんは笑顔を崩さず顔を近づけて来た。“女に二言はない言うたよな”と顔に書いてある。圧力に負けた私はこくこくと何度も頷いた。

「名前ちゃん、もっと俺と遊ぼうや」

真島さんの言葉に私はいよいよ放心状態となった。そんな私を他所に真島さんは二人分の会計を済ませ、気が付けば彼の右手に捕まれ神室町を歩いていた。終電はとうに終わっている。ネオン煌く神室町に吸い込まれながら、真島さんの言葉に私は喧嘩を売る相手を間違えたと絶望するのだった。

「俺、右利きやで」





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