寂しいと言えない大人


「真島さんの子どもの頃ってどんな感じだったんですか?」
「なんや唐突に」

真島さんと体を重ねた後の、このピロートークが好きだ。お互いに多忙な毎日を送っている。だからこそ会えた日は、お互いを求め合い、寝物語を語り合い、そうやって空いた時間を埋めるのだ。私を求める艶を帯びた目も、今この瞬間の慈愛のこもった眼差しも、私しか知らない。

答えが纏まらないのか、そうやなぁ、と濃い紫煙と一緒に吐き出した。

真島さんの子どもの頃、か。
シーツを胸元まで手繰り寄せながら、ゆっくりと瞼を下ろして考えみる。

小さく頃から今のような髪型だったのだろうか。身長もきっと低くて、声も可愛かった筈。出来上がった空想上の少年に、真島さんの特長を当てはめていく。そうして真島少年が完成すると、少年は私に笑いかけてきた。今とは似ても似つかない可愛い姿に思わず口元が緩んでしまった。聞こえた呆れたような小さな溜息に、慌てて誤魔化そうとシーツを口元まで上げた。時既に遅し。しっかりと見られていたようで、ぺちりと額を叩かれてしまった。

真島さんは吸っていた煙草を灰皿に押し付け、横になる私に覆い被さった。真島さんと目が合う。彼の隻眼と視線が交わり、驚きでどきりと心臓が高鳴った。

「真島、さん」

声が震える。瞼の裏に居た幼い真島さんも眼帯をしていた。そんな筈はないのに。
私は真島さんの何を知っているのだろうかと不安になった。彼は過去を多くは語らない。それでも知りたいと思ってしまうのは、愛故か、はたまた過去を知る誰かへの嫉妬か。いずれにせよ随分と傲慢なことだと真島さんの瞳を見詰めながら思った。

真島さんはそんな私を見透かしたかのように、何も言わず私を見下ろしている。私は右腕を伸ばし、そっと真島さんの眼帯に触れた。拒まれるかと思いきや、真島さんはくすぐったそうに身を捩った後、受け入れたように片目を閉じた。彼なりの甘え方な気がして、私は空いている左手で閉じた瞼も優しく撫でた。目尻に出来た皺も、薄らと出来た隈も全てが愛おしく感じる。

「普通のガキやった」

真島さんは満足したのか、そう言って覆い被さった体を退けると、私の隣で横になった。私も真島さんの方に体を向き直す。鼻先が触れる程の距離は内緒話をする子ども同士のような気がして、思わず笑ってしまった。

「なんやねん、もっとバケモンみたいなガキやと期待したんか」
「違いますよ。可愛いなと思って」

クスクスと笑う私に、真島さんは少しばつが悪そうな顔をした。そして仕返しとばかりに私の足に自身の足を絡めてきた。冷えた爪先が私の爪先を捉え、冷たさにびくりと体を震わせると、まるで悪戯が成功した子供のように楽しそうに笑った。

「大人になったら何でも出来る思っとった馬鹿なガキや」

そう言い真島さんは寝ることにしたのか片腕を伸ばし、枕元のベッドサイドのライトを消した。真島さんの筋肉質な腕が私の腰に回り、私を抱き締めた。ほんのりと香る煙草と汗の匂いが私を包み込む。

「俺の過去なんざ名前にとってどうでもええねん」

暗くなった部屋で真島さんの表情は読めなかったが、言葉とは裏腹に優しい声色だった。真島さんの胸に顔を寄せると、とくんとくんと聞こえてくる心地良い心臓のリズム。彼の言葉はいつだって私の不安を吹き飛ばしてくれる。

「今を愛してくれればそれでええ」

真島さんがそう言うのだからその通りなのだろう。確かな自信に、真島さんの腕の中でこくりとただ頷いた。蕩けるような優しい眠気に私は目を閉じる。そうして瞼の裏に現れた真島少年。再び私に笑い掛ける眼帯をした少年を、私はぎゅっと抱き締めた。夢うつつの中、聞こえた小さな笑い声は、一体どちらの声だったのか。






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