答え合わせの時間


雑居ビルの非常階段を上がり、目指すは最上階。一段、また一段と階段を上るたび、右手に持ったビニール袋の缶がかつんとなった。仕事終わり、真島さんから連絡があれば、私は仕事終わりに秘密基地へと向かうのだ。

真島さんとは神室町のバーでたまたま知り合い、こうしてよく一緒に呑む仲になった。私から連絡することもあれば、真島さんから来ることもある。バーや時には大衆居酒屋で会って酒を交わしながら愚痴や雑談をする。“ええ場所見つけたから、そこで呑もうや”と上機嫌の真島さんが言った日を境に、こうして酒やつまみを持ち込んで、秘密基地で語らうのだ。

真島さんが、極道の人間だということも知ってはいたが、私も深入りするつもりもないし、真島さんもあまりそういった話をしない。きっとこれで良い。この関係が心地が良かったから。

屋上へと続く階段を上り切り、解錠されていた扉を開けると、既に真島さんは到着していた。手摺りに背中を預け、空を仰ぎながら紫煙を燻らせている。左手には既に開けた缶ビールを持っていた。

「先始めちゃったんですか」
「名前が遅いんやもん」
「しょうがないじゃないですか。上司が帰り間際にどうでもいい仕事押し付けてきたんですもん」

私が不満を口にすると、真島さんは“あのたこ助野郎か”と言うもんだから、上司の顔が浮かび、思わず笑ってしまった。私が上司のことをハゲだの何だのと愚痴を言うもんだから、真島さんの中でそう呼ばれているらしい。

真島さんは早速一本目を飲み終えてたようで、吸殻を缶に入れ、そのままべこりと握り潰した。黒い手が私を手招きする。そうして真島さんの秘密基地に招き入れられた私は、彼の隣に並んだ。

真島さんは再び空を見上げる。私も釣られて顔を上げると、どっぷりと真っ暗な闇に、月が一際明るく光を放っていた。

先程コンビニで買ったものを思い出し、がさがさとビニール袋を漁る。アルミ缶やスナック菓子に混ざった長方形のプラスチック製のパックを取り出して真島さんに見せると、きょとんと鳩が豆鉄砲を食ったような表情をした後、口元をゆるゆると緩め、次第に肩を震わせながら大笑いを始めた。

「なんやっ…それっ!みたらし団子って!コンビニで、こんなん誰が買うんやろ思っとったけど!」

月見団子ですよ、と言うと、真島さんはヒィヒィ言いながら尚も笑い続けた。失礼な人だ。コンビニに向かう途中、神室町のビルの間から私を見下ろす月があまりにも綺麗だったから思わず買ってしまったみたらし団子。パックを開けて、一本を取り出して口に含む。みたらしの甘じょっぱいタレが口一杯に広がった。

「月が綺麗ですね」

咀嚼をし、ごくりと飲み込んでから、私はなんとなしに呟く。
真島さんは2本目の缶に手を付けた。かしゅとプルタブを引き、缶を口に傾けた。下から聞こえてくる神室町の賑やかな歓声に反比例して、この秘密基地はとても静かだ。やけにその音が響いたような気がした。

「俺は死んでもええなんて間違っても言わへん」
「そうですか」
「それにな名前。月は手が届かへんから綺麗なんや」

真島さんはそう言うと、空に向けて手を伸ばした。串に刺さった二つ目の団子に噛り付く。やけにしょっぱく感じた。

「せやけどな、明日も綺麗かどうかはわからへん」

せやから明日も確認せんとな、とそう言い残ったビールを飲み干すと、真島さんは秘密基地を後にした。残された私は、残った団子を口に放り込み、夜空を照らす月をじっと見つめた。月はいつだって美しい。そうして幾らか時間が過ぎた後、私は真島さんの秘密基地を後にした。

翌日もたこ助野郎に仕事を押し付けてられそうになったところを間一髪で回避して、秘密基地へと向かった。神室町を見下ろす月は、昨日に比べて欠けている。

雑居ビルの非常階段を上がり、目指すは最上階。一段、また一段と階段を上るたび、私の心臓が煩くなった。

屋上へと続く階段を上り切り、解錠されていた扉を開けると、既に真島さんは到着していた。手摺りに背中を預け、空を仰ぎながら紫煙を燻らせている。そうして真島さんは私を見て優しく笑った。

「名前、今日も月が綺麗やな」






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