「明日、かぁ…」
「なすび?!」
ポツリと呟いた言葉に、京子が物凄い聞き間違いをしやがった
「なんでなすびなのさ?!」
「え、今なすびって言ったじゃん安仁絵」
「言ってねぇよ!」
「言ってないですよ!」
「言ったよー!」
「言ってねぇ!!」
不毛な争いとは、まさにこのことだろう。パート中に私が呟いた言葉に、見事に聞き間違いしてくれた京子と私と一緒に京子に反論してくれる後輩の緑
「私が言ったのは明日!あ・し・た!」
「ああ!明日!」
ポンッ、と手を打つ京子
「お前は老人か!!」
「安仁絵の発音が悪いんだよ」
「お前の耳が悪いんだよ」
「京子先輩、一回病院言って来た方が良いかと思います」
私と京子の永遠に続くであろう口論に笑いながら終止符を打った緑
「そうだな。緑、お前も一緒に行って頭見てもらって来い」
「ええ?!」
「そうだよ〜、緑ちゃん一緒に病院行こう〜」
「えええ?!」
緑は反応が面白いから、弄られキャラの京子にまで弄られる。いや、私にとって見ればどっちも弄られキャラなんだけどさ
「んじゃ、パートやりまーす」
「「はい!」」
一気に雰囲気を変えるのは楽勝。二人共単純だからね。ガラ…不意に聞こえたドアを開ける音に、一斉に振り向く二人と少しだけ顔を上げる私。何故か全員、ドアの開く音には敏感だ
「あ、すみません…」
ゲロッ!!あ、決して蛙になった訳じゃないよ?ただ、気分的に吐きそうだったってだけ。入って来た人を確認するなり、私の方を振り向いて笑う二人。あまりにもウザかったから思わず譜面台蹴り上げちゃった☆
「「んぎゃ!」」
「?!」
二人の(とても女子とは思えない)悲鳴にバッと振り返る奴を視界の隅に捕らえながらも、私はその全て(主に二人の講義の声)を無視してフルートを構えた
「チューニングするよ、出して」
若干掠れた音が音響の良い教室に響き渡る。私もそれに合わせて、その1オクターブ上の音を出した。本来チューニングで使わない音を出した私に、二人が驚いた様に目を見開く。その音に煩そうに耳を塞ぐ奴を視界の端で確認して、してやったりと心の中で笑った。すると、二人共その行動の意味を理解したのか納得したように視線をチューナーという機械に落とした
「――――…はい、いいよ」
8拍伸ばし終えて、フルートを下ろした私に釣られて二人もフルートを下ろす
「緑、最初高い。京子は最後息が続かなくて音程下がるから気をつけて、全体的には良かったから」
「「はい」」
「んじゃ、ロングトーンやりまーす」
そう言ったと同時に奴が教室から出て行って、私は肩の力を抜いてフルートを机に置いた
「安仁絵先輩、相変わらずですね」
「嫌いだし」
「でも流石にバレてんじゃない?」
「もうとっくに向こうも分かってるよ。沙織先輩が、奴が『俺アイツに嫌われてるから』って言ってたって聞いた」
「あ、そ」
そう…この前結局誰かに仕事を押し付ける訳にも行かず、友達を一人連れて3年にインタビューに行ったのだ。だが、昼休み中に終わらせるはずだったのに奴のみが居なくて放課後、部活の前に学校中を探し回って聞きに行ったのだ。あの時は真面目にイライラしてて、かなり雰囲気に出てたそうだ(ちなみに、その話は部活の帰り道に沙織先輩に聞いた)
ああ、そうそう。奴って、松田悠斗のことね