あに、いもうと、いいなずけ



 忍術学園一忍者している、と良い意味でもアレな意味でも称される潮江文次郎には、妹がひとりいた。

 そのこと自体は有名な話であった。頻度はそれほど高くはないが、彼が時折「うちの妹が」と口にするのを聞いた生徒は多かったからである。
 ただ、実際に文次郎の妹と会ったことのある人間はいなかったため、見目や性格については様々な憶測が飛び交っていたというのが事実だ。潮江先輩の妹さんなのだから、きっと激しく暑苦しい性格をしているのでしょう。熊のような子に違いありません。そうだな文次郎を女にしたような女の子なのではないか。女版文次郎か!そいつは豪快そうな女だなあ!
 ずいぶんと酷い言いように思えるが、後輩や同輩たちの口さがない言葉に兄である文次郎が言い返すことはなかった。苛立たしげな様子は見て取れたので、否定はしたいのだろうがあえてそれをしない。それはつまり、自分たちの予想通りであるから言い返せないということなのだろうと彼らは納得した。
 今思えば、それはとんでもない勘違いだったとある生徒は語る。潮江先輩は言い返せなかったのではない。言い返さなかったのだ。本当はとてもとても愛らしい女の子なのだと言ってしまえば、じゃあ会わせろと言い出す輩は必ずいる。そこでフラグが立つのを恐れてのことだったのだ。誰よりも大切な乱という妹を守るための態度だったのだ。
 そして彼はこうも言った。だから、潮江先輩だけではなく、あいつも何も言わなかったんだ。潮江先輩の妹が話題になる度、ひとり離れて予習に没頭していたあいつの態度にも、理由があったのだ、と。




「……すまないが、もう一度言ってもらえるだろうか」
「はい!私の兄は文次郎と言います。潮江文次郎は正真正銘血の繋がった私の兄です!」
 嘘だッ!と仙蔵は叫びたかった。実際、仙蔵の横で伊作と留三郎は「嘘だッ!」と叫んでいる。それはどんぐり眼を更に真ん丸にしている小平太も、さっきからまばたきをしていない長次も同じ思いだろう。
 認めたくはない事実だが、どうやらこの愛らしい女の子と愛らしさの対極にいる男は兄妹であるらしい。ついさっき文次郎から紹介を受けた際は何の冗談かと思ったが、彼女から直々に言われてしまえば否定はできない。
「皆さん、いつも兄がお世話になっています」
「乱、それは違う。こいつらに世話になったことなどない。むしろ俺が迷惑をかけられているんだ」
「兄上ったらまたそんなことを……すみません、どうか気を悪くしないでくださいね」
 きちんとしつけられたお嬢さんであることがよく分かる礼を取って、彼女は困ったように笑った。衝撃すぎる事実に立ったまま気絶している同輩たちの中で真っ先に意識を取り戻した仙蔵は、気にしていないよ、文次郎がそういう奴だというのは皆分かっていると彼女に笑いかけてやる。すると、彼女はそれはもう嬉しそうに、花が咲いたかのような様子で顔を綻ばせた。
「ああ、よかった!兄上は顔も怖いし、態度もアレなので誤解されやすくて……」
「乱……お前な」
「仕方ないではないですか、事実なんですから!……兄を理解してくださる方がいて、私、うれしいです!」
 乱はありがとうございますと再び仙蔵に向かって述べ、にこりと笑った。その瞬間、雷撃が身を貫いた、気がした。
「乱、と言ったな?私とけっ」
「おい仙蔵お前何を言う気だ!」
「うるさい、お前は引っ込んでいろお義兄様」
「やめろ気色悪い!」
「乱、じゃあ私のところに、よ」
「小平太!それ以上は言わせねえからな!」
「そうそう。仙蔵も小平太もダメだよ?乱はこのメンバーの中で最初に出会った僕と家庭を」
「伊作ぅうう!!ふざけんな!!」
「そうだ伊作!乱から離れろ!」
「食満留三郎!そういう貴様こそ乱の肩に回した手を離せぇええ!!」
「…………」
「長次!〜〜〜〜ああ、もう!頭を撫でるのはいいが判断しにくい行動は慎め!」
 次々と意識を取り戻した同輩たちは、口々に乱を口説きにかかる。文次郎は必死に彼らを止めた。乱に抱き着こうとする伊作の頭を拳で沈め、留三郎の手から乱を奪い返し、近づいて来ようとする仙蔵と小平太を睨みつける。長次はどういった感情で乱を見ているか分からないのでとりあえず放っておいた。
「これだからお前らに乱を会わせたくなかったんだ……確実にこうなるだろうと分かっていたのに!伊作、お前のせいだからな!」
「えー?なんで僕のせいなの?」
「お前がそこの角で乱にぶつからなければこんなことには……」
「どうでも良いが、文次郎、お前早く乱を離してやれ。暑苦しさで倒れる前に」
「やかましいわ!というかだな!」
 文次郎はやいのやいのと好き勝手に言う四人をびしりと指差した。左手はもちろん乱を抱えたままである。
「良いかよく聞けこの阿呆共!乱にはな!すでに決まった相手がいる!」
「私のことだな」
「いや俺だろ」
「僕だよ僕」
「ええい黙れ!貴様らの中にはいない!いてたまるか!はっきり言っておく、俺はその許婚以外は認めない!乱の旦那に相応しいのはそいつ以外にいない!」
 びりびりと建物に振動が走るほどの大声で文次郎が宣言すると、その腕の中で乱が顔を赤らめた。あまりの大声に恥ずかしくなったのだろう。けれど、どこか嬉しそうでもあった。
 乱はその許婚のことを慕っているのだ、良い恋をしているのだと、長次は思ったと言うが、彼以外の四人が納得することはなかった。
「そんなの関係ないだろー?今から乱を私に夢中にさせれば良い話だしな!」
「へっ?」
「小平太、お前たまにはいいこと言うな。乱、俺にしておけ」
「ええっ?」
「乱、僕も必ずきみを幸せにしてみせるから、僕とのことも考えてみて?というか是が非でも考え直してくれないかな?」
「あ……あの……それは……」
「乱、相手にしなくていい!放っておけ!」
「おい文次郎、その許婚とやらの名前を教えろ」
「誰が教えるか!」
 教えたが最後、乱の許婚の首が吹っ飛ぶ予感しかしないと文次郎はその口をぴたりと閉じた。その後、いくら口を割らせようとしても、彼が許婚の名を吐くことはなく、乱自身もその名を口にすることはなかった。




 そしてそれから七年後、乱が嫁にゆくその祝言の場で、彼らは乱の許婚であった男の正体を知ることになる。
 美しくも可憐に成長した乱の隣に座る後輩の姿を見て、彼らはこう思った。
 ああ、まさか同じ学園内に乱の許婚がいたなんて!知っていれば今頃乱の隣にいたのは自分だったかもしれないのに!と。
 そして文次郎はそんなことをでかでかと顔に出している彼らを見てこう思った。
 やっぱりこいつらに言わなくて正解だった。口を割っていたら今頃妹は結婚してもいないのに未亡人になっていたかもしれない、と。
 そうして幸せそうに笑っている妹に目をやりながら、文次郎はそこかしこから響いてくるすすり泣きやぼやきを聞かぬよう耳を塞いだ。




_ _ _ _ _

 乱ちゃんの許婚=藤内です。
 きっと最初は親同士が決めた許婚だったのでしょう。初め、文次郎は渋ってました。でも乱ちゃんのことを好きになった藤内が頑張った結果、親にも文次郎にも認められる許婚になれたんじゃないかなと。
 六年生と出会いを果たした乱ちゃんは、この後五年生四年生三年生……と次々に出会って行き、不毛な恋に落としていくのではないかと……




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