ハートフルオーバードライブ! 3



「やあ乱ちゃん!偶然だね!」
 伊作どの口がそれを言う!何が偶然だ!ずーっと追い掛けてきやがったくせに!
「こんなところで何をしていたんだ?まさかとは思うがデートか?まさかとは思うが」
 あーあーそうだよデートじゃねえよ!だからその見下したような目はやめろ仙蔵!
「乱太郎、その格好かわいいな!」
 小平太!あんまり強い力で撫でるな!乱太郎の首が取れる!
「え?顔が青い?これは伊作の野郎が……ああいやなんでもない、大丈夫だ!」
 留三郎!顔色を青か赤かどちらかに固定しろ!はっきり言って気色悪いわ!
「………………」
 長次、その哀れむような目はやめてくれ。一番それが傷つく……。



 乱太郎と湖を眺めたのが、もう遠く昔の出来事のような気がする。目の前の光景を遠い目で見守(るしかないと歯ぎし)りながら文次郎は感じていた。ついさっきまで傍にいた乱太郎はやたらと背の高い野郎五人に囲まれ、その姿が見えなくなってしまっている。乱太郎を独り占めするのはもう諦めるしかないようだ。そっとため息を吐いた。
 乱太郎が「見違えるはずがない」と言いながら発見したのは、悲しいかな、予感通り伊作たちであった。売店やフードコートが並ぶ建物の軒先、柱に隠れてこちらを見張っていた彼らを、乱太郎は見つけ(てしまっ)たのである。
 (一応)隠れていた(つもりらしい)伊作たちは、乱太郎が手を振ると躊躇う様子も見せずに走り寄ってきた。真っ先に駆けてきた伊作と小平太に突き飛ばされよろめいたところを仙蔵に押しのけられ。留三郎にざまあと口の動きだけで伝えられた瞬間はさすがに頭に血が上ったが、噛み付く前に長次に止められた。
 観光客がひしめくサービスエリアで喧嘩をおっぱじめるなど社会人としてあってはならない愚行だ。だがあとで食満留三郎お前だけは何があっても絶対に殴ると誓いながらも、とりあえず文次郎は怒りを収めることにした。

「先輩たちもドライブですか?」
「そうだよ。とっても良い天気だったからね」
「そうですねえ、絶好のお出かけ日和ですもんね!あっ、湖は見ましたか?」
「見た見た!すっげー広いな!魚とかいっぱいいそうだ」
「きっと魚釣りをしたら入れ食いでしょうねー……そんなこと言ってたらお腹すいてきちゃいました」
「なんだって!それは大変だ!」
「よし、じゃあ飯にするか」
「ああ、それがいい。ここのサービスエリアは――」
「ちょっと待てー!!」
 会話に口を挟む間はなく、展開をじりじりと見守るしかなかった文次郎は、ここでようやく声を上げることができた。だが、文次郎に注がれる目は冷たいものばかり。抜け駆けしやがってこの野郎としっかり書かれているそれにさらされながら、文次郎はここで引いてなるものかと声を張った。
「お前ら何さらっと乱太郎を連れて行こうとしてるんだ!」
「え?飯一緒すんだから当たり前だろ?何言ってんだ文次郎」
「違う!俺が言いたいのは――!」
 心の底から不思議そうに首を傾げた小平太に気を取られたのがまずかった。その隙を逃すまいと乱太郎の右側をキープした伊作がこう言ったのだ。
「ねえ乱ちゃん、このサービスエリアを出た先のインターチェンジを下りるとね、ガラス工芸の体験ができるところがあるらしいんだ。僕たちそこに行く予定だったんだけど、乱ちゃんもどう?」
「わあ!行ってみたいです……!あの、文次郎先輩」
「……なんだ乱太郎」
「先輩が良ければ、皆さんとご一緒、しませんか?」
 そう言われて俺が断れると思うか?みんなでわいわいするのも、良いですよねえとにこにこ楽しそうに笑う乱太郎を見て、文次郎は縦に首を振る他なかったのである。



 さて、カフェテリアで昼食を取り(余談ではあるが、乱太郎は右を伊作、左を仙蔵に囲まれ、彼女の前には小平太が座った)、そろそろ行くかという話になったとき、留三郎がこんなことを言い出した。
「あーあー、また伊作の車にすし詰めか……」
「なあ仙蔵、交代してくれ!俺と長次と留三郎の三人じゃ後ろきつすぎる!」
 演技でもなんでもなく、普通に嫌がっている様子の二人を見て、確かに普通車とはいえ、あの車の後部席に男三人はきついだろうと文次郎がそんな感想を抱いていると。これまた嫌そうな顔をしていた仙蔵が、不意にニヤリと微笑んだ。それは仙蔵がろくでもないことを思い付いた際に見せる表情で、文次郎は一も二もなく身構える。
 仙蔵はちろりと文次郎を一瞥し、その笑みを深め、口を開いた。
「ならば二人ほど、文次郎の車に移ればいい」
 そう来るか!仙蔵の手を読もうとしていた文次郎は思わず天を仰いだ。
 すし詰めでは車内の空気も悪くなってしまって車酔いを起こしてしまうかもしれないと思っていたところなのだ、いやー渡りに船とはこのことだなと抜かす仙蔵の魂胆は見えている。文次郎が乱太郎に何かしないよう見張らせるつもりなのだろう。いや、もしかしたら本人が乗り込んでくるつもりかもしれない。
 いい考えだな、じゃあ文次郎頼むな!とすでに乗る気満々の小平太には仙蔵ほどの考えはないだろうが、じゃあ俺も仕方ないから乗ってやる云々と口にする留三郎の顔には確実に「邪魔してやる」と書かれている。ならいっそのこと乱ちゃんは僕の車においで実はね新しい車に買い替えたんだよと言っている伊作も、文次郎と乱太郎を引き離す気満々だ。
 まずいこのままでは、と慌てた文次郎が口を開きかけた瞬間。乱太郎が叫んだ。
「だ、だめです!それはだめ!」
「え?」
「だって、せっかく二人っきりだったのに……ああっ!」
 乱太郎はしまったと言う顔で口を押さえたが、彼女の発言はすべて、しっかりと、文次郎たちの耳に入った。死よりも深い静寂の中で、文次郎は目を丸くしながらも乱太郎の言葉を脳内で繰り返す。
 乱太郎は小平太や留三郎が文次郎の車に乗るのを駄目だと言った。二人っきりだったのに、とも言った。どこか寂しげな様子で。
 それが一体どういう意味なのか理解できないほど文次郎は鈍くはなかった。乱太郎が頬を淡く染め、恥ずかしそうに目を伏せているのを見て、まさかという仮定は確信に変わる。
「あ、あああああの!すみません、私、わがままを言ってしまいました……!すみません!あの、今のは気にしないでください!なんでもないです!なんでもないので!」
 いや、気にするなというのは無理な話だ!目の前で好きな女の子に告白まがいの発言をされて平静にしていられるほどこっちは人間できていないんだと文次郎は言いたかったが、開いた口からは音の欠片も出てくることはなく。熱くなった頬を誤魔化すのと半分パニックになっている乱太郎を宥めるのに必死だった。
「わ、分かった、分かったからとりあえず落ち着いてくれ!」
「す、すみません……先輩と二人っきりがいいだなんて、勝手なことを言ってしまって……!」
「いや、それは嬉しかったから……じゃなくてだな!いや嬉しいのは事実だが、ええいとにかく落ち着け!」
「ひゃい!」
 そうして、ばっちりと視線を合わせた二人がまた赤面し、目を逸らしたその横で。
 真っ青な顔で凍りつく四人の男と、よかったな乱太郎と深く頷く長次の姿があったとかなかったとかいう話である。


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 なんだただのバカップルか……(白目)と仙蔵辺りが思ってそうなオチでした。
 多分このあと車の中で文次郎が告白します。めでたくカップル成立です!よかったね乱ちゃん!
 伊作カーはお通夜ですが。




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