ハートフルオーバードライブ! 1



 事の始まりは、文次郎が乱太郎をドライブに誘ったとかいう噂だった。勿論、乱太郎のことを腹の底から好いている連中がそれを面白くないと感じるのは当たり前のことだ。抜け駆けするとは許すまじ文次郎、を合言葉にいつもの連中が集まったのが数時間前のことである。
 そこから何がどうなってこうなったのかとぐるぐる考えながら、運転席で伊作はぼやいていた。青看板を見上げ、それよりも青い空と白い雲をちらりと視界に収めながら、どうして野郎五人ですし詰めになって車に乗らなければならないのかと、その日何度目になるか分からない台詞を吐いた。
「むさ苦しいよう……華がないよう……」
「伊作うるさいぞ、お前は黙って運転に集中していろ。ほら、右に寄りすぎだ」
 助手席で涼しい顔をしていた仙蔵は、ぶつぶつと文句を並べ立てる伊作にいい加減にしろという思いを込めてそんな言葉を投げた。車窓を流れていく景色は季節もあって非常に清々しいのに、運転席付近は暗い雲が立ち込めている。女々しい奴だと思いながら、中央分離帯に突っ込むつもりかと加えれば、ハンドルを握り締めた伊作が苛立ちを隠さぬ声を上げた。
「ああもう分かってるよ!ていうか僕が言いたいのは、なんで僕の車で追い掛けなきゃいけないのかってこと!みんな車持ってるじゃないか!」
「阿呆、五台で追い掛けたらさすがの文次郎も気づくに決まっているだろう。それにちょうどお前が車を買い替え、文次郎にこの車の存在は知られていない。尾行にぴったりだったのだ、いい加減諦めろ。しつこいぞ」
「そんなぁ……ああ、乱ちゃん専用にって誰も乗せるつもりのなかった助手席が……よりによって仙蔵に座られるとか……」
 がっくりと伊作がハンドルにもたれ掛かる。その様子を、仙蔵は秀麗な眉を寄せて見下ろした。勿論、運転に集中しろ阿呆、という意味でではない。ちょうど赤信号で車は止まっていたからだ。最大の理由は伊作の発言が非常に気持ちの悪いものだった、というものである。乱太郎と付き合ってもいないのにこいつは何を言っているんだと寒気すら感じた。
 信号が青へと変わり、沈んでいた伊作をひっぱたいたのと同時に、後部座席から叫び声が飛んでくる。
「小平太もっとそっち寄れよ!」
「これ以上は無理!」
「……」
「つかなんで俺らが後ろなんだよ…!」
 後部座席の真ん中で留三郎は天に向かって吠えた。それも仕方のない話だった。
 伊作の車に(半ば無理矢理)乗り込んだ際、仙蔵がさっさと助手席に腰を据えたため、留三郎と小平太、長次の三人が後部座席にすし詰めにされることとなったのである。はっきり言って、狭苦しい。留三郎が叫びたくなるのも、小平太がむうと頬を膨らますのも、長次が黙りこくるのも当然の結果である。いや、まあ、長次に関してはいつも通りであるけれども。
 文次郎も含めた六人の中でも体格の良い三人が押し合いへし合い後部座席に収まる様子を、仙蔵はため息混じりに振り返った。
「もう少し我慢しろ」
「それ一時間前も言ったよな仙蔵!」
 仙蔵はぎゃあぎゃあとわめき立てる留三郎から目を逸らす。この野郎と殺気混じりの目を飛ばしながら、留三郎は怒りの矛先を前を走る車へ向けた。そうでなければやっていられなかったのだ、仕方ない。
「つうか文次郎の奴いつまで車走らせるつもりなんだよ…!どこ行くつもりなんだ!」
 これも尤もな話であった。彼らが暮らす街を出て、一路東へと進路を取ったシルバーの車は、ひたすらに走り続けている。隣の県を越え、もう十五分も走ればばふたつ隣の県にまで達するだろう。一度休憩を取ったものの、それももう一時間は前の話だ。その休憩だってその前に一時間半のドライブを終えての話である。
 窓の外を流れる見知らぬ風景に目をやりながら、仙蔵はため息混じりに呟いた。
「さぁな」
「日帰りで済むよな!?つか明日普通に授業あるぞ!」
「さすがに日帰りだと思うぞ?というか日帰りでないなら文次郎は吊るし上げ決定だな!」
「じゃあ、一体どこに行く気なんだ……」
「ハッ…まさか目的地などない、二人で走っていればそれだけで楽しいとかいうやつか!」
 その時、時間が止まった。
 騒がしかった車内に、凍えるほどの静寂が落ちた。仙蔵はその目をこれでもかと見開き、小平太は口をへの字に曲げ、留三郎は眉間に深い皴を刻む。長次も片眉を跳ね上げた。のだが。
「……るすまじ」
「伊作?」
 最も顕著な反応を見せたのは、乱太郎をこれでもかと愛でている人間の筆頭である、伊作であった。ふるふると肩を震わせたかと思うと、突如前を睨み据え、爆発した。
「許すまじ文次郎ぉおおおお!!」
 爆発という表現がこれ以上似合う怒り方もないだろうと言えるほど、伊作の怒りは凄まじかった。伊作以外の四名がマズいと思った瞬間にはもう遅く、伊作は右足でアクセルを踏み抜いた。それはもう、全力で。怒りのすべてをアクセルにたたき付けるかのように。
「ギャーッ!伊作のスイッチが入った!」
「阿呆!スピードを落とせ!」
「わー!急カーブ急カーブ!死ぬ!死ぬ!」
 突如スピードを大幅に上げた赤い車の中で、ひとり沈黙を保っていた長次は静かに十字を切ったのであった。


「……あいつら楽しそうだな」
 こちらは伊作たちの乗る車の前を走る乗用車、つまり文次郎の車である。
 後ろの車の恐ろしい状況とは異なり、とても穏やかな時間が流れていたのだが、バックミラーをちらり確認した文次郎は表情を引きつらせた。楽しそうだというのは勿論、呆れ混じりの感想。その顔にははっきりと「何やってんだあいつら」と書かれていた。
 二時間ほど前から後をつけてくる赤い車の正体に、文次郎はとっくの昔に気がついていた。始めは「もしかするとあいつらか?」程度であった予感は、ここへ来て「よく考えなくてもあいつらだ……」という苦い事実確認へと進化した。おそらく、どこぞで今日のことを聞き付け、追い掛けてきたのだろう。まったくもって忌々しいことである。
 先程よりも車間距離を詰めてきたように感じられる赤い車から目を逸らし、ため息をつく。今日こそはと心に決めていたのに、このままでは確実に邪魔が入るだろう。何故あいつらは出し抜こうと躍起になればなるほど勘や噂のネットワークを働かせるのかと思っていると、助手席で乱太郎が身じろぎをした。一揃いの深い緑の目が向けられる。
「文次郎先輩どうしました?」
 小首を傾げてもの問いたげにしている乱太郎をちらりと視界に収め、文次郎は前へ目をやった。そして。
「いや……なんでもない……」
 なんでもないわけはないけれど、そう応える他なかった。


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 (多分)続く(気がする)!




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