その目を開け



 さあ、さっさとその腐った目を開け。そして目の前の状況を正しく把握しろ。


 眼下で繰り広げられる光景に深い溜息が漏れた。彼が身体を預けているその木の下、揺れる葉の影にはその二人がいる。彼と同じ組の暑苦しい男と、一年生の愛し子だ。
 二人は四半刻ほど前にここへやってきて、何やら熱心に話している。楽しげですらあるその会話の内容は彼の元へは届かない。いや、正確に言えば、届かないことにした。真剣に聴くのは勿論、あとでからかいのネタにするべく聞き耳を立てるにも、なんというか、馬鹿馬鹿しくなるような内容だったからだ。主に級友である文次郎の発言は聞くに耐えず、仙蔵は耳を塞いだ。今日はいい天気だな、だなんて文次郎が言った瞬間に立ちくらみを感じたほどだった。

 意気地のないやつめ、彼は思う。そしてお前はとんでもなく鈍いやつだ、とも思った。勿論そんな心の声が文次郎に届くはずはない。当たり障りのない、毒にも薬にもならなければ後輩に対して何かを教授するわけでもない、そんな発言を繰り返すばかりだった。本当はそんな言葉ではなく、もっと重要な言葉があるだろうに。眼下で何やら弁を奮う文次郎を見下ろしながら、仙蔵は再び溜息を吐いた。

 早く気づいてしまえば良いと言ったのは誰であっただろう。確かあいつだったと少々気を遠くに飛ばしつつ、仙蔵は思い返していた。
 学園の、否、忍者界の愛し子と称しても過言でない乱太郎の想いは文次郎に向かっている。これは、乱太郎に少しでも興味のある人間ならば誰でも知っていることだ。色恋沙汰に至極鈍そうな後輩ですら言い当てたのだからよっぽどのことである。
 そのことが腹立たしく憎らしいことに代わりはない。なんで文次郎が、とぼやく人間が非常に多いのも事実だ。
 だが、そんな人間の筆頭である某委員長が言ったのだ。文次郎は早く乱太郎の気持ちに気づいてしまえば良い。もどかしすぎて見ていられない、と。さっさと気づいてくっついてしまえそしてさっさと愛想を尽かされてふられてしまえと続いた恨み言はとりあえずおいておくとして、乱太郎の想いにさっさと応えてやれば良いと思うのは仙蔵にも言えることだった。
 それは決して、級友を応援してやりたいとかそんな寒い理由ではない。きらきらと瞬く星の瞳で文次郎を見つめる乱太郎があまりに健気で、何故気づかぬのだ馬鹿めと思っているからでもない。いや、まあそれはちょっと思っているけれども。

 一番は、非常に馬鹿馬鹿しいからだった。愛し子の想いはまっすぐ文次郎に向かっていて、他の人間が入り込む隙などない。とても柔らかい、だからこそ外からの衝撃や刺激が中に届かぬ壁に囲まれた道を乱太郎は走っている。外からいくら叫んでもわめいてもアタックしようとしても、届かない。届かないのだ。
 それが馬鹿馬鹿しい。愛し子にいくら愛を囁いたところで、届くことは有り得ぬと気づいてしまった。今、この状況が続く限り、乱太郎を振り向かせることはできない。ならば、さっさと気づいてしまえと思う。それがどういった方向へ転がるにしろ、停滞した今の状況の打破には必要なことだと、仙蔵は思っている。

 眼下ではまだ二人の会話が続いている。仙蔵はもうひとつ溜息を零した。文次郎が悔しげな表情をしていたからだ。必要ないにも関わらず!

(さあ、さっさとその腐った目を開け!)

 ふつふつと沸き上がってきた苛立ちの中で、仙蔵はその秀麗な眉を寄せた。

(そして目の前の状況を正しく把握しろ!)

 お前がそうしなければ、こっちは動けぬのだ。誰に聞かせるわけでもなく、仙蔵はそう呟いた。

(気づけ気づけ!お前に向けられる乱太郎の想いに!動くことのできぬ我々のもどかしい思いに!)


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