陰日向に夕日色



「なんであいつだったんだ?」

 けたたましい蝉の鳴き声降り注ぐ外界とは少し、趣を異にする和室の広間で、彼はぽつり零した。表の明朗とした喧騒が嘘のような穏やかな陰と静けさのコントラストの中、彼の声を拾ったのは乱太郎であった。

「また、それ?」

 何度となく繰り返されてきた質問に慣れた風に返し、くすりと微笑んだ彼女は客である彼の前へ麦茶のグラスを置く。
 ほのかに汗をかいたグラスの横には莢かな色の和菓子があり、彼は乱太郎に礼を言うとそれに手をつけながら不満そうな声を上げた。

「だって、やっぱり納得いかない。あんな声ばっかでかくて、うるさくて、喧しい奴に」
「ねえ、それ全部同じこと言ってるよね?」
「まあそれだけじゃないけど…あいつに乱太郎みたいなできた嫁さんは勿体ないよ」
「褒めても何も出ないよー?」

 そう言いつつ乱太郎は空になったグラスになみなみと麦茶を注ぐ。
 からら、と小さな音を立てる扇風機に夕日を煮詰めた色の髪を遊ばせ、乱太郎は薄く微笑んだ。

「実は私もね、たまに思うんだよ。こんながさつで適当で字が豪快すぎる人の何処を好きになったんだっけって」
「未だに読めない字を書くのかあいつは」
「うん。……でも、やっぱり思うんだ。意外と考えてて、存外優しくて、すごく頼りになる団蔵をね、私が支えられたら良いなって。私が支えてもらってる分、支えたいなって。好きとか、愛してるとかじゃなくて、なんていうのかなあ…いてもらわないと困るっていうか…そういう存在?なんだと思う」

 自分用に用意したグラスに口を付けながら、乱太郎はさらさらと流れるように言葉を接いでいった。
 微かに頬を染め、淡く微笑む乱太郎を目の前にした彼は、困ったように笑うと大きくため息をついた。

「ご馳走さま」
「え?まだ残ってるよ?兵ちゃんそれ嫌いだったっけ?」
「そうじゃないよ、乱太郎」

 惚気をご馳走さま、大袈裟な調子で呟いた兵太夫に、乱太郎はきょとんと首を傾げた。
 扇風機の涼やかな風に、彼女の夕日色の髪が優しく躍る。





「ただいまー」
「あ、団蔵おかえりー」
「ただいま、乱太郎……って兵太夫!お前何やってんだよ!」
「何かと問われたら、まあ、昼ドラも真っ青な秘め事をしに?」
「乱太郎、金輪際こいつを家に上げないように。旦那との約束だ」
「阿呆か、お茶目な冗談だろ。それよりお前こそなんでこんな時間に帰ってきてるんだよ。まさか…お前ついに…部下に見放されたのか…」
「兵太夫てめえ!『いつかは首になると思ってました』とか言ってんじゃねえよ!たまたまだ!たまたま仕事が立て込んでて昼休み取れなかったから…って聞けー!!俺の嫁さんの肩そらっと抱くなー!!」
「じゃあ、乱太郎。また団蔵がいないときに来るからな」
「うん、また話相手になってねー」
「無視すんな!」
「またな。今度は三治郎と庄左ヱ門も連れて来ることにする」
「えっそれは困る…できるだけばらけて来て下さいお願いします!」
「みんな来てくれるなら楽しくて良いじゃない。兵太夫、またねー」




_ _ _ _ _

 兵太夫さんと三治郎さんと庄左ヱ門さんがタッグを組むと、若旦那に死亡フラグが立ちます。伊助さんと虎若さんを呼ばないと大惨事です。
 ちなみに兵太夫は土日が休みでない仕事をしているので昼間にお邪魔していたのでした。

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