こっちを向いて
じっ、とその横顔を見つめてみる。まずは真っ直ぐ、続いて下から覗き込むようにして、ひたすらに視線を注いでみる。見つめていることを強調するように瞬きもしてみながら。
あれこれポーズを変えながら見つめ続ける乱太郎の前で、用具の管理に必要な一覧をチェックしていた彼は、最初は真剣な顔で一覧に向かっていた。けれど、次第に眉が八の字になっていく。心なしか顔色にも赤が混じっていくようにも見えた。
それを見て乱太郎はこっそり微笑む。
(困ってる困ってる)
乱太郎は、彼が何に対して困っているのかを知っている。彼が今手にしている一覧に不備があるからとか、もうすぐ委員会が始まる時間だから焦っているとか、そういうことじゃないと乱太郎は知っている。
一瞬、彼が乱太郎に視線を投げた。かちあう視線に、乱太郎はにっこり微笑んでみせる。すると彼はひとつ困ったように笑って、すぐに作業に戻ってしまった。乱太郎は、彼の耳が赤いのを発見してくすり、と笑った。
(可愛いなあ)
それは六年生の男子には相応しくない形容かもしれないけれど、そう思ってしまうのだから仕方ない。可愛いと自分に思わせる彼が悪いのだと心の中だけで頷きながら、乱太郎は机に頬杖をついた。
顔がにやけてしまうのを隠すため、口許に手をやりながら、乱太郎は彼の観察を続ける。彼の八の字眉毛は更に角度を深くしていた。手が挙動不審に見えるのは乱太郎の勘違いではないだろう。
彼からちらちらと寄越される視線に、そろそろかなあと思っていると、彼は手にしていた紙の束をまとめて、ひとつため息をついた。
「終わった?」
「終わった、というか、終わらせた。それどころじゃないよ、もう」
「えー、駄目じゃない用具委員長。真面目にやらないとー」
「大丈夫、確認は昨日もしたし」
「備えあれば嬉しいなという言葉があってだね」
「それを言うなら、備えあれば憂いなし、ね。…いいんだ、今は、こっちの方が大事だから」
そう言うと、彼はまっすぐ机に向かっていた体を隣に座っていた乱太郎の方へ向けた。乱太郎は首を傾げてみせる。すると彼は困ったように微笑むと、両手を広げた。
「はい、おいで」
「えー?なになに?どういうことー?」
「…そういうつもりで見つめてたんでしょ?」
「ばれたか」
「いやいやいや、気付かない方がおかしいと思う」
「そう?じゃあ今度伏木蔵にもやってみて、」
「……」
「!」
突然、彼に引き寄せられた。耳元で駄目だよ、と囁かれる。どきっと心臓が跳ねて、笑顔が引っ込んでしまった。代わりに、顔が熱くなる。
「浮気、駄目、絶対」
「ど、どうしてそれが浮気になるの。伏木蔵はただの友達だよ」
「…俺がおもしろくない」
寂しい思いをさせてたならいくらでも謝るから、どれだけでも抱き締めるから、そう呟く彼に、ぎゅう、と抱き締められる。
「せっかく、短い時間だけど二人っきりなんだから、他の男の名前は出さないでほしい。…俺だけ見てて」
「…もう、恥ずかしいよ、平太」
ああ、多分今、自分はすごく赤い顔をしてるんだろうなあ、そんなことを思いながら乱太郎はその広い背中に手を伸ばした。
「んー」
抱きしめていた乱太郎が、考え込むような声を上げた。どうかしたのかと乱太郎の耳元で呟くと、乱太郎は一瞬くすぐったそうに身をよじりながら、やっぱり違うねと言う。
「違うって…何が?」
「抱き心地、っていうのかなあ。虎若とか金吾、あと団蔵はムキムキしてて、庄ちゃんやきりちゃん、兵太夫はすらっとしてるんだよ」
「……」
「三治郎と伊助、喜三太はなんかね、柔らかい。しんべヱはぷにぷに。伏木蔵は」
「まだいるの…」
「うん。伏木蔵はね、意外と筋肉あるんだよね。孫次郎もかなあ。怪士丸は細いけどねー」
「……」
先程「自分だけを見てほしい」と言ったばかりで、乱太郎も理解してくれたのではなかったのかと平太は思う。何が悲しくて自分の大切なひとが他の男の抱き心地を分析するのを聞いていなくてはならないのか。
しかし、乱太郎は何の下心も思惑も他意もなく友人たちを抱きしめているのだろう。昔からそういう子だったから。
それに。
「でもね、やっぱり違うんだよ」
「…うん?」
「やっぱり、平太が一番安心するんだよね。抱き心地云々の話以前に」
「…そっか」
そう言って淡く笑う乱太郎は自分だけを見てくれているのだと、そう、実感できる瞬間も確かに存在している。
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い組の名前は出ませんでしたが、乱ちゃんが抱きしめに行こうとすると彼らは逃走するので名前が出なかったのです。照れ屋さんたちめ!
乱ちゃんが他の男に抱き着くのは、親愛の情からです。浮気ではないのよ。だからそれを理解している平太は割と余裕。あくまで割と。抱き着かれた方は涙目かもしれませんが…。
ブログに載せていたお話ですが、文章を加えてこちらにも上げさせていただきました。平太乱萌え
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