もしももしものもしもの話



 団蔵の話は大抵いきなり始まる。導入も何もなくいきなり主旨を述べる。まどろっこしい説明を続けられるよりは遥かにましだが、突拍子がなさすぎて理解が追い付かなくなることも多かった。
 しかし六年、そう六年も同じ委員会で共に過ごしていれば多少すっ飛んだ話をされても対処できるようになるだろう。あの暗号のような字にだけは、どう頑張っても慣れることはなかったが。




「多分、誰があの子の心を得たとしても、全員認めたくないと思うだろうさ。その誰かが、誰であったとしても、駄目なんだと思う」

 その日も団蔵は、何の前触れもなく話を始めた。委員会の仕事中のことであった。
 愛しいあの子の心を盗んだ男には違いないからな、そう言って笑う団蔵の目に暗いものは見られなかった。相変わらず能天気な奴だと、そろばんをはじきながら左吉は思う。
 許せないだのなんだのと言ってはいるが、実際にそんなことが起こるとは思っていないだろう。そうでなければこんなのんびりした調子では言わないだろう。
 それとも自分に釘を差したいだけなのだろうか。

「…それはないか。何も考えてないもんな、絶対」
「ん?なんだよ」
「別に」
「ふうん。…お前今俺のこと馬鹿にしただろ」

 顔見れば分かるんだよ、眉を顰める団蔵に、あからさまなため息を送ってやれば、団蔵は鼻を鳴らして、絶対お前も殴られるだろうなと言う。

「もし、万が一、いや億が一、お前が乱太郎の心を得るようなことが…まあないと思うが、あったとしたら」
「…喧嘩売ってるのか」
「可能性は低いけどお前も、お前より確実に可能性の高い俺も、確実に殴られるだろうさ。きり丸と、伊助と庄左ヱ門…いや、あいつはもっとえぐいことしてきそうだなあ…三治郎と兵太夫もなあ…」
「団蔵、俺はお前の戯言に付き合っている暇はないんだが。さっさと手を動かせ」
「でもな、ひとつだけあるんだよ。殴られない方法が」

 そう言って団蔵は人差し指を立てる。

「乱太郎が、笑えば良いんだ。あいつが笑えばあいつが幸せだって、笑ってくれれば、それで良いんだ」

 乱太郎が幸せだと分かったら簡単に相手を殴れなくなるだろ?そう言ってにかりと笑った団蔵に、呆れ顔を返しながらも、は組の連中は、と左吉は思う。

(いつもこんなことを考えているのか?あいつは皆の心を捕らえて離さない奴だから)

 いつか、誰かがあいつの心を捕らえる日も来ることを知っていて、それが自分であればと願う部分とその「いつか」の相手を憎らしくも祝福したい部分と、そういうものにいつも、直面して、葛藤しているのだろうと。

「でもまあ乱太郎は俺の嫁だけどな!」
「…やっぱりただの阿呆か」
「なんだと!?」

 なんて、一瞬で忘れたけれども。


_ _ _ _ _

 意外とちゃんと考えてるっぽい若旦那と、ごくたまに若旦那を見直す左吉。

top



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -