氷河期のような夏のお話



 まごう事なき、夏である。

 雨の季節も今は過去となりつつあるある日の午後、乱太郎はある男の膝の上でお茶を飲んでいた。周りには背の高い薬草棚や薬棚があり、何度換気をしても流せぬ薬の匂いがするここは察しの通り医務室であった。
 部屋の中には乱太郎が体を預ける男の他に、男の部下と保健委員の先輩たちが、同じように座っている。皆一様に穏やかな笑顔を浮かべているのだが、乱太郎を膝に乗せている男以外は皆どこか表情がひきつっているようにも見えた。
 きっと、暑いからであろう。と、思っているのは残念ながら乱太郎だけであった。

 外に比べればいくらか涼しいとはいえ季節は夏真っ盛りである。乱太郎は男の部下が手土産として携えてきた(迷惑料だと彼は言っていたが、どういう意味なのか乱太郎には分からなかった)団子を咀嚼しながら、ちらりと上を窺う。
 黒っぽい忍装束に、体全体を覆う包帯。それだけでも十二分に暑そうだというのに、男はこの部屋にやってきた次の瞬間から乱太郎を抱いて離そうとしない。
 乱太郎よりずっと背の高いその男に対して、暑くないのかなあなどと思っていると、乱太郎の視線に気付いたのか、何か私の顔についているかい、と男は乱太郎の顔を覗き込んできた。
 側で見ると思いの外優しく見える目がゆっくりと細められて、乱太郎はなぜかどきりとさせられながら慌てて団子を飲み下した。

「い、いえ、何もついていないですよ。ただ…うっ!」
「ああほら、慌てて食べるからそうなるんだよ。はい、お茶」

 慌てすぎたせいか、喉に団子を詰まらせた乱太郎に、男は自分が飲んでいた茶を差し出した。乱太郎は深く考えずにそれを受け取り、中身をぐっと飲み干す。すると、つかえていた団子はするりと落ちていったようで、乱太郎は大きく息をついた。

「ありがとうございました、雑渡さん!」
「どういたしまして。それで、さっき何を言いかけたのかな」
「あ、えっとですね。雑渡さん、暑くないんですか?って聞こうと思ったんです」

 乱太郎が飲み干してしまったせいで空になった湯呑みに茶を注ぎつつ、乱太郎は尋ねた。湯呑みを受け取った男は、乱太郎を抱え直してから口を開いた。

「いや、それほど暑くはないよ」
「そうですか?でも今日、すごく暑いですし…」
「大丈夫、ほど良い冷気がそこかしこから向けられているからね」
「え?どういうことですか?」

 乱太郎は首を傾げて、どういうことか説明してくださいと男にねだったが、男は笑うばかりで答えようとはしない。余裕が足りないねえとよく分からないことを言うだけである。
 このとき、もし乱太郎に周りを見る余裕があったなら、あるいは気付いたかもしれない。先輩方や友人、そして男の部下が男に向けるそれはもうひんやりしていてうっかり触れたら氷ってしまいそうな無数の視線に。
 暑さで周りを見る余裕がないのか、それと単に鈍いだけなのか、氷河期のような医務室で今度は水羊羹に手を付けた乱太郎は、そういえばと再び男を見上げた。

「そういえば雑渡さん、最近私ばっかり膝に乗せてもらってるんですけど、伏木蔵と交代しなくてもいいんですか?」
「むしろ乱太郎くん一択なんだけどね」
「え?」
「いやいや、なんでもないよ。…実はねえ、ここだけの話、最近伏木蔵に嫌われてしまったらしくて、逃げられちゃうんだよ」
「え、そうだったんですか?」
「そうなんだよ。私何もしてないのに…よよよ」
「え、ええっ!?雑渡さん、泣かないでください!」

 乱太郎の腹にしっかり左手を回したまま、男は泣き崩れた。もちろんこれは嘘泣きなのだが、素直な乱太郎はころりと騙される。一生懸命手を伸ばして男の頭を撫でてやるその可愛らしさといったら、実際に撫でられている男を呪い殺して自分が代わりに撫でてもらいたいと周りに思わせる力があった。
 でれでれと相好を崩している男を見て、先ほど男が名前を出した少年は、何もしてないとか嘘ついてるよこの人乱太郎にセクハラしてるくせに被害者面しやがってと心の中で思っていたが、それを面に出すことはせずただ一言、「くたばれ雑渡さん」と小さな声で呟いた。

「ありがとう乱太郎くん。あ、お団子もうひと串食べるかい?」
「え、でもそれ、雑渡さんの分ですよ?」
「暑いのに大人しく膝の上にいてくれるのと、可哀想なおじさんを慰めてくれたお礼だよ。はい、口を開けてごらん」
「え?ええ?」
「はい、あーん」
「あ、あー…あれ?」

 迫ってくる団子と男の顔に、思わず乱太郎が目を閉じてしまうと、持ち上げられる感覚が乱太郎を襲った。目を開けてみると、乱太郎は委員長である伊作に抱き上げられていて、わけの分からぬまま床にそっと下ろされると、後ろにいた数馬に耳を塞がれ、「眼鏡が汚れているから」という理由で左近に眼鏡を取り上げられる。そうなると室内でどんなやり取りがなされているのか聞くことも、見ることもできない。
 ぼやけた視界の端に、雑渡の部下である諸泉と高坂が平謝りに謝っているのが確認できたのだが、それ以上のことは分からなかった。
 そして、一瞬だけ、「タソガレドキ忍組の医務室立ち入り禁止と乱太郎の周囲半径三キロメートル立ち入り禁止を言い渡します!」という伊作の怒号が聞こえた気がしたが、隣でのんびりお団子を食べていた伏木蔵に聞いてもこう返されるだけであった。

「それはね、暑さが生み出した幻聴だよ」

 と。


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 相互記念にあかばねさんに捧げます、雑乱です、が…保健委員のみなさんが出張ってますね!すみません楽しかったです!!
 雑渡さんをずるい大人っぽく書きたかったんですが、いかがでしたでしょうか。少しでも、「おk、雑渡さん、もっとやr…表に出ろ」と思っていただけましたら幸いです。

 あかばねさん、相互ありがとうございましたー!^^

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