もう恋は始まっていた



 その日、学級委員長委員会のことで少し悩んでいた僕は、珍しく一人でいた乱太郎を見つけた。
 人があまり来ない場所にある涼しそうな木陰で、乱太郎は遠くからでもはっきり見て取れるほど落ち込んだ顔をして座っていた。少し眺めの前髪に隠れそうになっていたけれど、僕は見逃さなかった。

 なんとなく、足音を潜めて近付く。目が悪い分、耳は敏い乱太郎だから無駄かもしれないとも思ったけれど、そうするべきだと思ったんだ。

 声をかけると、乱太郎はゆっくりと僕を見上げた。ああ、やっぱり気付いてたんだな、そんなことを思いながら隣に座っても良いかと尋ねると、乱太郎は少しだけ躊躇いを見せて、良いよ、と言ってくれた。
 礼を言って座ってみたのは良いものの、何を話せばよいのか分からなかった。そもそもどうして乱太郎に話しかけたのだろうなんて思う始末だった。それは多分、乱太郎が寂しそうにしていたからだと思うけれど、じゃあ僕は何をするために乱太郎に話しかけたんだろう。
 ちらりと乱太郎を窺えば、そこにあるのはやっぱりどこか悲しそうな顔だった。どこぞの阿呆と違って、僕は空気を読むことができるから、下手なことを言うことはないけれど、それだけじゃ駄目なんだろうということも知っている。
 僕に、空気を一新できるほどの話術があったなら、なんて。僕は委員会のことで悩んでいたのも忘れてそんなことを考え始めた。

 あれこれ思いを巡らせてもきっかけが降ってくるわけじゃない。もしかしたらそっとしておくべきだったんじゃないかとか、そんなことを考えていると、乱太郎がぽつりと呟いた。

「…委員会でね、ちょっと」

その一言がきっかけになって、僕は乱太郎の悩みを知ることになった。保健委員会の委員長をしている乱太郎の悩みは、正直学級委員長委員会の委員長を任されている僕には理解できない部分もあったけれど、ああ、どこの委員長も苦労するんだなあなんて思う。
 よく見ていると、悲しげにも寂しげにも見えた乱太郎の表情は、疲れが占める部分が多いことに気付いた。遠い目をして乾いた笑いを漏らす乱太郎に、僕は心の底からお疲れ、と肩に手をかけた。
 乱太郎は遠くに投げていた視線を僕の方に寄越した。木陰では良く分からないけれど、緑色の目をふわりと細めて、乱太郎は僕に礼を言う。礼を言われるようなことをした覚えがない僕は、別に、なんて自分でも冷たくなってしまったと気付くくらいの声で言ってしまう。そして乱太郎から目を逸らした。
 …しょうがないだろ、可愛かったんだ。すごく可愛くて、ドキドキしすぎて見ていられなかったんだよ。
 そんな態度を取った僕に、乱太郎は怒った様子も見せずに、そんなことない、と言ってくれた。

「話聞いてもらったら、ちょっと楽になったよ」
「…そう、か?」
「うん。だから、ありがとう」


 そろそろと乱太郎に視線を戻した僕は、でもどこかまだ疲れた顔をした乱太郎の頭に手を伸ばした。


 いつもは頭巾に隠されている茜色の髪に、手を滑らせる。ふわりふわりと指をくすぐる悪戯な髪の毛は柔らかくて、気持ちが良い。

 頭巾の後ろで揺れる髪に触れたいと思ったことは何度もあった。ゆらゆらと左右に揺れるそれを目で追う僕は、きっと猫じゃらしをじっと見つめる猫のように見えただろう。
 ただ、僕と猫が違うのは、素直に飛びつくことができないところだ。いつも見送るばかりだった。それはどんな感触なのか、触れられた乱太郎はどんな顔をするのだろうか、想像するだけで実行には移せなかった。なぜなら、あいつの…いや、あいつらの目があったからだ。

 そうか、乱太郎はこんな顔をするのか……って、え…?





「!?」
「え、なに、どうしたの彦四郎」
「な、僕は、今、なにを…!?」
「え、なにって…私の頭を撫でてくれたよね?よしよしって」
「違う、いや違わないけど!そうじゃなくて!」
「ちょっとどうしたの、落ち着いて」
「落ち、落ち着いてなんかいられるかー!」

 自分が取った行動が信じられなくて、なんで小さい子どもでもなんでもない乱太郎の頭を撫でてしまったのか分からない。更に言うとどうして僕は乱太郎の髪に触れたいと思っていたのかも分からない。いや、分からなかった。

 ああ、どうしよう、僕は気付いてしまった。
 落ち込んでる乱太郎を慰めたいとか、触れたいとか思う心が、何を示しているのかを、僕は。





「…黒木先輩」
「…なんだ鉢屋」
「あれはどういうことですか?」
「どういうことも何も、そういうことだろう」
「ですよねー」
「彦四郎はヘタレだし気付いてないみたいだったから放置してたけど…これは緊急は組会議を招集しなければならないな…」
「じゃあ僕は六年い組の先輩方に…」
「いや、い組よりろ組に協力を依頼した方が良い。彼らは頼りになるから」
「そうですね」
「……(今福先輩を応援するっていう選択肢はやっぱりはなっからないんだなあ…いやまあ俺も応援するのは複雑だからあれだけど……黒木先輩目がマジすぎるよ…怖ぇ…)」


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 お題:確かに恋だった


 三郎と庄左ヱ門に睨まれたら面倒くさそうだよね、って話。

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