地上の日輪、地底の天陽



 どすん、と鈍い音を立てて着地する。腰から全身に走る衝撃に、乱太郎は思わず呻いた。
 びりびりと痺れるような痛みを感じ、一瞬腰をやってしまったかと不安になるが、落ちた穴にそれほど深さがなかったのと丁度良く積み上げられた土の上に着地したのが良かったのか、どうやら怪我には至らなかったようだ。足から落ちていたら捻挫していたかもしれないと土の山から、それでも少々痛む腰を撫でながら起き上がる。

 その穴は不思議な形をしていた。乱太郎が今立っている縦に伸びた穴、その側面に横穴が続いている。人が三人は楽に落ちることのできそうな縦の穴に対して、横穴は人が一人、それも四つんばいになるか体の大きな者であれば這いつくばらねば進んでいけないほどの狭さしかない。
 一瞬、この穴は体育委員会が掘った塹壕かとも思ったが、違う気がすると乱太郎はすぐに考えを改めた。いくら耳を澄ませてもあの特徴ある掛け声は聞こえてこなかったし、あの先輩ならもっと広く掘り進めるだろうと思ったからだ。
 となると犯人は一人しかいない。横穴の傍に立てかけられている手鋤と踏鋤を見ればまあ、迷うことでもなかったのだけれど。ひゅう、と季節にしては冷たい風が吹き込む横穴に向かってため息をひとつ吐いた乱太郎の前に、彼がひょっこり顔を見せた。

「おや、乱太郎。こんなところでどうしたの」
「喜八郎先輩…どうしたもこうしたもないですよぉ…」

 横穴の入り口に肘をついて、腹這いの状態でこちらに声をかけてきた喜八郎に、乱太郎は脱力する。へなへなと喜八郎の前にしゃがみこむと、落ちたんです、と小さく呟いた。それを受けて、ああ、やっぱりさっきの音がそうだったんだと、まるで今日の天気について言うかのような口振りの喜八郎に、乱太郎は、ええそうですよどうせ不運ですよと半ば自棄になって言った。

「機嫌悪いねえ」
「悪くもなります!受身失敗して腰から落ちちゃうし…」
「え、駄目だよ、女の子は腰大事にしないと」
「したいのは山々だったんですけどねっ」

 まさかこんなところに穴が空いているなんて思いもしなかったのですから、と少し怖い顔をして喜八郎を睨んでみるが、彼は気にした様子が見られなかった。
 横穴掘ったときに土積んでおいてよかった、そこに落ちたんでしょう?などと言われる始末で、ああもう何を言ってもしょうがない、打って響く鉄と違って、彼は打っても響かない土のようなものだと、乱太郎は深いため息をついた。





 しばらく助けは来なさそうだと、乱太郎は縦穴の底に腰を落ち着けた。乱太郎の背では上から引っ張り上げてもらう以外出る方法はないし、喜八郎はまだここから出るつもりはないようだ。幸い今日は医務室の当番にも当たっていないし、特に急ぎの用事があるわけでもない。
 あ、でも、つまりは助けが入る可能性も低いってことかとちょっと落ち込んだ乱太郎は、まあおそらく夕飯時には誰かしら自分を探してくれるんじゃないかと思うことにした。
 うん、ちょっと暗いけれど、慣れれば静かで涼しいし、良いかもしれない。お日様の出ている明るい表の方が乱太郎は好きなのだけれど、ここはここで落ち着くなあ、などと考える。

「あ、そういえば…喜八郎先輩」
「んー?」
「ここで何をしていらしたのですか?」

 乱太郎は横穴の中に寝転がったままの喜八郎に問いかけた。また何か怒りを感じるようなことがあったのだろうか、いや、こんな手の込んだ穴を掘っているのだから新しいトラップの研究だろうかなどと考えを巡らせている乱太郎に、喜八郎はのんびりと口を開いた。

「ちょっとね、逃げてきた」
「誰からですか?もしかして、伊作先輩ですか?」

 以前から喜八郎の掘った落とし穴やタコ壷にはまりまくっている己の所属する委員会の委員長の顔を思い出しながら乱太郎は問うた。最近になって特に激しく喜八郎への怒りを見せていた伊作だから、もしかしたらと思ったのだが、喜八郎は違うよと否定する。

「太陽から逃げてきた」
「太陽から、ですか?」
「そう、最近のあいつは眩しすぎるから」

 ごろりと体勢を変えて、喜八郎は目を閉じる。夏は嫌いだと呟いた喜八郎に、なるほど、と乱太郎は苦笑した。
 元々暑いのが苦手だから穴を掘るようになったのか、穴を掘っているうちに涼しい地下に慣れてしまって暑いのが苦手になってしまったのかは分からないが、どこか子どものように(実際子どもではあるけれど)言う喜八郎がなんだか可愛らしく見えてしまって、思わずくすりと笑ってしまう。

「でもお日様に当たらないと、カビが生えてしまうかもしれませんよ?」

 先輩に対して言うことではないかもしれないが、ついそんな台詞を漏らしてしまった乱太郎に、それなら心配はいらないと喜八郎は答えた。乱太郎が問い直すよりも早く横穴から抜け出した喜八郎は、忍者服に付着した土を払った。

「僕には乱太郎がいるから」
「…と、言いますと?」

 突然この人は何を言い出すのだろうと首を傾げる乱太郎を見つめると、喜八郎は乱太郎に向かって手を伸ばした。そして抵抗する間もなく乱太郎を抱き上げてしまう。膝裏を抱えられ、もう一方の手で背中を支えられる。掲げるように持ち上げられた乱太郎はバランスを崩しそうになって慌てて喜八郎の肩に手をやった。
 見た目とは異なり、しなやかな筋肉のついている喜八郎は危なげなく乱太郎を抱きかかえたまま、愛おしげに目を細めた。

「乱太郎が、僕の太陽だから。乱太郎がいれば十分。僕の世界にこれ以上太陽は必要ない」

 普段は見せない喜八郎の優しい笑顔に、乱太郎はどきっと心臓が跳ねる音を聞いた。そして、とても情熱的な台詞をもらったのだと理解に及ぶと、全身が沸騰したかのように熱くなる。

「ああ、ほら、真っ赤になって。やっぱり太陽みたい」
「なっ…もう!喜八郎先輩!」
「だって本当のことだから」
「そうですか!じゃあ喜八郎先輩の肌焦がしちゃいますからねっ!日焼けで苦しめちゃいますからねっ!」

 自分ばかり恥ずかしいのはずるい、そうでなくてもいつも彼が掘った穴に落っこちたり、不思議な言動に振り回されたり、心が落っこちたりしているというのに、なんて思いながら乱太郎はうるさく鳴り響く心臓を宥めようと叫んだ。
 しかし、喜八郎は乱太郎の動揺などお構いなしに、さらっと、違う意味ですでに焦がれてるけどなあと宣った。背中に触れる喜八郎の手は熱くて、自分の体も熱くて、乱太郎は地の底も地の上も暑さは変わらないじゃないかと、そんなことを思った。


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 相互記念に蓮さんに贈ります、綾乱♀でした。
 こう、電波だけれどさらっと愛(的なもの)を口にしてくれる綾部を書きたかったのですが、い、いかがでしたでしょうか…?
 タイトルの「天陽」は太陽のことだそうで。「元来女性は太陽であった」でしたっけ?を思い出しながら書いてみました。

 蓮さんにお楽しみいただけましたら幸いです。蓮さん、相互してくださって本当にありがとうございました!これからもよろしくお願いいたしますv^^


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