鏡よ鏡、



 乱太郎は鏡のようだと左近は思う。

 馬鹿にするための意地の悪い言葉を浴びせれば眉を吊り上げて生意気な言葉が返ってくるし、優しい言葉を掛ければふにゃりと頬を緩ませて明るい言葉が戻ってくる。

(素直、ってことなんだろうな)

 それは忍者としては弱点なのだけど、人間としては美徳だろう。
 捉え方は人それぞれだから一概にそうとは言えないけれど、少なくとも左近は乱太郎の鏡のような素直さを良いところだと思っている。

(だって、そうだろ?)

 意地悪な言葉ばかり浴びせていた自分に裏のない笑顔を見せてくれるようになったのは、言葉を言葉通り受け取る性格のおかげなのだから。
 それに、自分の発言ひとつで怒ったり、喜んだり、くるくると表情を変える乱太郎は可愛い。愛おしいと思うし、守ってやりたいとも思う。
 この世界の闇を知らない自分より小さな存在を、今まで傷付けた分だけ、いやそれ以上に。

(なんて、おこがましいにも程があるけれど)


「…強く、なりてぇな」
「何か言いましたか?左近先輩」

 包帯をくるりくるりと巻いていく彼は、ことりと首を傾げた。夕日色がふわふわとその細い肩に広がる。
 その様子を見ながら左近は、ずいぶん伸びたなぁと思う。髪も、背も。
 学年でも小さい方だと彼は言うけれど、あの頃に比べたら格段に成長している。
 阿呆のは組とはもう呼べない。まあ時々、とんでもないボケをかましてくれるところは変わらないけれど。

 自分はこいつと比べて、成長できているのだろうかと思いながら、左近は自らが手にしていた機具に目を落とした。

「…別に、なんでもない。おら、さっさと済ませるぞ」
「え?あ、ちょっとなんですかっ!いた、痛いですよ、もう!」

 わしわしと少々乱暴に頭巾を取り払った頭を撫でてやれば、乱太郎は抵抗を見せる。
 いきなり何をするのかと恨みがましい目をする乱太郎に、左近は弱く、笑んでみせた。
 そうすれば乱太郎は何も言えなくなるのを知っているからだ。

「…左近、先輩?」
「……悪い、…ごめんな」
「え?」

 今更謝ることでもないかもしれない。今更謝っても遅いのかもしれない。
 それでも左近は謝りたかった。自分なりのけじめのつもりだった。
 乱太郎は突然の謝罪に首を傾げる。当たり前かと思いながら、左近はもう一度口を開いた。

「好きってことだよ」
「…………は?」

 左近の台詞にぽかんと口を開けた乱太郎は、徐々に顔を染めていった。その「反射」に左近も頬を染める。


 ああほらやっぱり、

(こいつは鏡だ)

 からかうのが楽しくて、でもいつしか愛しくなって、今は守りたい、そんな、

(鏡だ)


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