看護師二人の優しい憂鬱



 とある町の片隅に、善法寺医院という小さな医院がある。個人経営のその小さな病院は、一人の医師と一人の薬剤師、そして何人かの看護師やスタッフによって運営されていた。
 それだけ取っても分かるように、この病院は隣町にある大学病院や同じ町にある総合病院とは大きく規模が違う。しかし、ただ一人の医師である彼の腕は確かだったし、薬剤師である彼女も患者たちから人気のある人であった。看護師たちも優しくて面倒見が良いと評判である。
 風邪をひいたら善法寺医院、インフルエンザの予防接種も善法寺医院、大きな怪我以外はとりあえず善法寺医院、これが近所の人たちの合言葉であった。

 そんな善法寺医院の入り口、自動ドアの真正面に位置する受付で、看護師であるトモミはふわああと大きな欠伸をひとつ漏らした。
 現在時刻は昼の一時。午後の診療は一時半からと決まっているので、急患がなければ(まあ急患は大抵町にある総合病院へ行くので無いと言っても差し支え無いが)あと三十分間の休憩である。貴重な休み時間であるはずなのに、トモミは不機嫌を紛らわせるかのように今度はため息をひとつ吐いた。
 いつもならば薬剤師である友人と取り留めのない話をしたりして昼休みを過ごすのだが、今日は昼食も一人で取った。あと三十分もひたすら一人で過ごさねばならないだろう。
 退屈で死んでしまいそう、と奥にある診察室の方向を横目で睨んでいると、医院の出入り口をノックする音が響いてきた。まさか、急患?と、トモミが目をやると、そこには同僚のユキが立っている。彼女は私服姿で、今日は非番のはずなのにどうしたのだろうとトモミは受付から出て玄関に向かう。
 今は診療中ではないのでロックしてあったドアを解除する。

「ありがとう、トモミ」
「ありがとうじゃないわよ、どうしたの?今日非番でしょ?休みに行くところがないくらい暇だったの?」
「ひどーい!なによその言い方っ」

 中学時代から数えて十数年の付き合いがある二人の会話は遠慮がない。仲の良い友人の戯れとも言えるやり取りを交わしながら、二人は受付へと入る。
 薬棚もある受付は三人入ればほぼ満員で、受付作業用の丸椅子以外に椅子はない。午後も仕事のあるトモミはその椅子に座り、ユキは立ったままでお喋り開始だ。

「で?今日はどうされましたかー?」
「今日はちょっと胸が…じゃなくて、昨日ちょっと忘れ物しちゃったのよ。それを取りに来ただけ。すぐ帰るわ」
「え、せっかく来たんだからゆっくりしていきなさいよ。まだ午後始まるまで時間あるし」

 ね?と勧めてくるトモミに、彼女が一人受付でぼんやりしていたのを見ていたユキは、色々なものを察して仕方ないわねと呟いた。自分にも似たような経験があったからである。
 ユキは受付と待合室に一巡り視線を送ると、少々悪戯っぽく笑ってトモミに向かってこう言った。

「ねえ、それより乱は?あの子も今日入ってる日よね?」
「…それわざと聞いてるでしょ」
「まあね。…診察室?」
「ええ」

 だから私は一人なのと頬杖を付いたトモミに、ユキは苦笑するしかない。

 二人の中学時代からの友人であり、この医院の薬剤師である善法寺乱は、姓が示す通り、この医院の医師である善法寺伊作の妻である。彼女は普段であればユキやトモミ、二人がいない場合も他の看護師やスタッフと昼休みを過ごすのだが、時折今日のように昼休みに診察室に拉致されることがあった。
 彼女から夫婦生活のあれこれを聞き出すのを楽しみとしている二人からすると、彼女が診察室に消えてしまう日の昼休みは退屈で仕方ない。
 ユキが忘れ物さえ回収してしまえば用のないここに居続けるのは、その退屈を身を持って知っているからであった。

 やれやれと苦笑するユキの前で、トモミは乱がいないとほんとつまらないとぼやく。

「夜は好きなだけイチャイチャできるでしょうに、こっちがちょっと気を抜けば昼もイチャイチャしたがるんだからあの先生は」
「しょうがないわよ、伊作先生ったら何年経っても乱が可愛くて仕方ないんだから」
「まあねー中学のときからそうだったわよね、伊作先生。なんていうの?溺愛?っていうかなんていうか」
「すごいのはあの頃と変わらないってことよねー。結婚してからますますひどくなった気がするわ」
「言えてるーあの調子じゃ三人目もそのうちにでしょうね」

 デレデレと相好を崩して妻の妊娠を報告する伊作の顔を思い浮かべた二人は、奥にある診察室に揃って視線を送った。
 時折聞こえてくる微かだけれど明るい笑い声に、いつまで経ってもバカップルなんだからと言ったのはどちらが先だったか。午後の光が淡く照らす部屋の中、二人の看護師は仕方なさそうに、でもどこか嬉しそうに、ため息を零したのだった。


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 真昼間から何をする気だ伊作!!…と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、おそらくは本当にただイチャイチャしてるだけです。
 あれだよ、伊作は乱ちゃんに膝枕とかしてもらって耳掃除とかしてもらってるんだよ。伊作羨ましかぁあああと思ったそこの貴方!Webで僕と握手!!←

 これありえなくね?なところはスルーしてやってくださいませ!/(^0^)\


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