すきなひとができました。



 すきなひとができました。


 最初は、目が追い掛けるだけだった。彼の学年の先輩たちはなにかと目立っている人ばかりだったから、自然と目が引き付けられるだけだと乱太郎は思っていた。
 兄と仲良く騒ぎあっているのを見て、本当に仲が良いんだなあ、楽しそうだなあ、なんて笑ってしまったのを覚えている。

 次は、端正なその横顔に見とれた。それは、空手部に所属している友人を訪ねていったときのことだった。
 掛け声高らかに鍛練に励む友人の後ろ姿をトモミちゃん格好良いなあと感嘆のため息混じりに見守っていた乱太郎は、ふと、空手部が使用していない側のスペースに人がいることに気付いた。
 空手部の練習が行われる武道場は、半面を空手部が、もう半面を剣道部が使用しているらしい。練習はまだ始まっていないようで、その人以外に人はいなかった。幾つかの防具が並ぶそこで、紺色の胴着に身を包み、背筋を真っすぐに伸ばして正座をしていたのは乱太郎の目が時折追い掛けていた彼だった。
 先輩だ、そう思うのと同時にどきっ、と心臓が跳ねた。空手部員たちが発する熱気と鋭い声の中、彼の周りだけは空気が違っていた。雪が降り積もるような静寂と、清水が流れてゆくような穏やかさがそこにはあった。
 目を閉じ、黙想する彼の横顔がとても格好良くて、乱太郎は友人に声を掛けられるまでひたすら彼を見つめていた。

 三番目は、彼の笑顔に驚いた。その日は所属する保健委員の当番の日で、乱太郎は保健室にいた。いつもはいるはずの先生も、同じ時間の当番になっている委員長である兄もおらず、兄ちゃんまた穴に落ちちゃったのかなあとぼんやり中庭を眺めていると、入り口のドアがノックされた。
 乱太郎が入室を促すと、中へ入ってきたのは、彼だった。手首を捻ってしまったらしいので湿布をくれという彼を慌てて座らせ、自分でやれると主張する彼を説き伏せて湿布をし、包帯を巻く。

「早めにお医者さんに行ってくださいね。あと、部活も休んでください。会計委員のお仕事もです」
「いや、これしきの怪我で」
「駄目ですっ!悪化したらどうするんですか」

 無理をすれば治りが遅くなるし、変な癖がついてしまうかもしれないと、今思えば、よくもまあ五つも上の先輩に対して畳み掛けるような物言いができたと思う。生意気だと言われても仕方ないようなことも言ってしまったかもしれない。必死だったからあまりよく覚えていないのだけれど。
 彼は、呆気にとられたような顔をしていた。そこでようやく、乱太郎はしまったと思った。先輩相手になんてことをと、すみません、という謝罪の言葉が口から出かけたとき、彼はいきなり笑ったのだ。いや、笑ったというより、微笑んだと言った方が正しい。

 それは、少しだけ困ったような、優しい笑みだった。ああ、こんな風にも笑うひとなんだと思った瞬間、心臓が鳴り始めた。全身を巡る血が熱くなるのも感じた。
 顔も赤くなっていたのだろう。熱でもあるのかと顔を覗き込まれて、頭の中が真っ白になってしまった。大丈夫です、と応えるのが精一杯だった。


 他にも色々なことがあった。
 階段から落ちそうになったところを助けてもらったり、落とし穴に落ちそうになったところも助けてもらった。図書館で手の届かないところにある本を取ってもらったり、数学の分からない問題を教えてもらったり。柄の悪い隣の高校の生徒にからまれそうになったところを助けてもらったこともある。

 その度に感じる温度とか、ふわふわした心とか、話ができて嬉しいとか、彼の姿を見て安心したりとか、そういうものを総合して出した答えが。





「好きなひとができたあ!?」
「うそ!?鈍感天然韋駄天ガールと称されたあんたが!?」
「こ、声が大きいよ二人とも!それとその鈍感天然なんちゃらってなに?」
「こっちの話よ」
「それより誰、相手は誰!まさか高2の先輩じゃないでしょうね?」
「中2でもないわよね?」
「う、うん、どっちも違うよ……ってなんで高2中2の先輩がまず出てくるの?」
「約二名他の追随を許さぬ変態だから」
「約一名面倒くさいツンデレだから」
「え?そんな人いたっけ?」
「ああもう良いから!そのどっちかじゃないなら良いから!いや相手によっては良くないけど!」
「……まさか」

 友人の一人がその名前を口にする。かああと顔を赤くしてしまった乱太郎を見て、二人は同時に、

「伊作先輩がすごいことになりそうね」

 と、ため息混じりに呟いた。





「乱ちゃんに好きなひとができたみたいなんだよね」

 同時刻、こちらは毎度お馴染み大川学園保健室である。
 この世の終わりかというほどに暗い影を背負う伊作を中心に、他の保健委員たちはまたいつものシスコンかと内心ため息を吐きつつ、伊作と同じようにちょっと影を背負っていた。

「先輩、ご存知だったんですね」
「当たり前だよ、僕は乱ちゃんの兄だよ?妹の些細な変化に気付けなくてなにが兄か」
「はあ、さいですか」

 世にいる兄という存在の中であなたほど妹の変化に聡い兄は珍しいと思いますけどねと数馬は思う。相手は一応先輩なので実際に口に出すことはできないけれども。
 当たり障りのない適当な相槌を打っていると、伊作が一段階重くなった空気を纏いながら口を開いた。

「で、その世界一幸せ者な馬の骨なんだけど……文次郎らしいんだよ」
「らしいですね…」

 まったく羨ましい話である、と左近は口にできなかった。口にしたら最後、目の前にいるシスターコンプレックスの権化に何をされるか分かったものではない。左近はまだ命が惜しかった。

「なにがどうしてあれがこうしてこうなったどうなったのか今の僕には理解できないいやしたくもないけど」
「はあ」
「問題は奴も乱ちゃんのことが好きだということなんだ」
「まだ、あくまでまだ、ですけど、まだ良いんじゃないですか?あの先輩はどこぞの誰かみたく乱ちゃんにセクハラまがいの言動をするわけでもなく、意地の悪い発言をするわけでもないですし」
「数馬先輩、僕の方を見て言うのは勘弁してください。ちゃんと言っておきますから!……潮江先輩、真面目で誠実そうですし。ちょっと血の気は多いですけど」

 いやまあちょっとどころの話ではないけれど、と思っている三人の前で、伊作は、問題はそこではないのだと首を横に振る。

「もし文次郎と乱ちゃんが結婚なんて運びになったら」
「え?もう結婚の話ですか?」
「気が早いにもほどがありますよ…それ…」

 まだ付き合いどころか告白すらしていないというのに。伊作の発言に伏木蔵はぼそりと呟き、左近は頭を抱えたくなった。

「僕は文次郎にお義兄さんと呼ばれる立場になるんだよ!?嫌すぎるよ気持ち悪い!!」
「お義兄さんと呼ばせなければ良いんじゃないんですか?」
「ていうか気にするところそこ?」

 もうそろそろ何も言いたくない。しかし律儀にツッコミを入れてしまう辺り、保健委員の面々は優しい生徒の集まりだということが知れる。涙が出そうなくらい皆優しい生徒である。

「というのは三割冗談で」
「七割本気なんですね」
「もし文次郎が乱ちゃんに告白なんてさせたら僕、どうするか分からない。勢いで、こう、ゴキッと…いやでも文次郎が乱ちゃんに告白したとしても何するか分からないな。夜道で、こう、メキッと」
「やめてください伊作先輩さすがに笑えないですそれ」
「なんてねははは冗談だよ冗談あははははは」

 いや、冗談に聞こえない、目が本気じゃないですかあんた、とやはり口にできない保健委員たちは、再び心の中で深いため息を吐いたのであった。


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 二人は無事にお付き合いを始めることができるのか!続く!(注:冗談です。続きません、多分w)

 書いていて文次郎羨ましいぃいいい!!とハンカチ噛み締めたくなりました。

 乱ちゃんが話していた友人はユキちゃんトモミちゃんの二人です。まさか、と言ったのはトモミちゃんの方。
 自分の部活を覗きに来ていた乱ちゃんが文次郎をじっと見ていたのを思い出して、まさか潮江文次郎先輩?と言ったら大当りだったという。


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