僕らとオカンと時々彼女



 六年は組火薬委員長の二郭伊助はよく気がつく性格をしている。そして掃除や片付けが得意だ。

 同じ組の少々大雑把で洗濯物を溜め込むわ部屋を「え、これ、ここで本当に人間が暮らしてるの?本当に?え?暮らせるの?」レベルにまで持っていくわで一年生の頃から有名であったある二人を筆頭に、同じ組の他の生徒や後輩にも広く伊助の性格は知れ渡っていた。
 忍術学園の大抵の生徒が一度は彼の気遣いの世話になっていたし、整理整頓はきちんとしておけと言われた生徒も少なくはないはずだ。
 お前こんなに洗濯物溜めやがっていい加減にしろ部屋もこんなにしやがっていっそのことお前の部屋焼き払って綺麗にしてやろうかと暗い目で怒鳴られた生徒はまあ、数えるほどしかいないが。

 それだけではない。広く目を配ることに長け、また世話焼きでもある彼は、他の人間が気付かないようなことにいち早く気付き、手を貸してやったり、こっそりバックアップしてやったりと、裏で働くのが上手い人間でもあった。
 後になって、そういえば伊助先輩のあの一言はヒントだったのだ、とか、裏で手を回してくれたのだ、と気付くこともあったという。ほとんどの場合、彼らは気付かずにいることが多いのだが、これは伊助のやり方が上手いからであろう。
 表立って堂々と手を出すのではなく、さりげなくサポートする、そんなやり方ができる人間であった。


 そんな彼はいつしか、こんな風に呼ばれるようになっていた。

 「は組のオカン」と。





「今なんつった、団蔵」
「え、いや、伊助はやっぱりオカンだよなあって」
「よし、それは喧嘩を売っているということだな。もれなく買い占めてやる」

 どこからでもかかってきやがれとはたきを手に仁王立ちした伊助に、床の雑巾掛けをしていた団蔵は震え上がった。
 たかがはたきを手にした人間に何を怯えると思われるかもしれないが、忍者たるもの武器が無くとも与えられたもので敵に対処できなければ生き残ることはできない。彼らにかかればはたきも立派な武器になるのである。

 あ、よい子は真似しないように。

 はたきでどつかれるととっても痛いことを、その身を持って知っている団蔵は焦りながら何故そんなに怒るのかと問うた。
 問われた伊助はこめかみを痙攣させながら深い深いため息をつく。

「お前馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけどそこまで馬鹿だとは思わなかった。俺ももう年か」
「うわ、三回も馬鹿って言われた…さすがに泣くわ、俺」
「泣き真似はやめろ鬱陶しい!あのなあ!どこの世界に『オカン』なんて言われて喜ぶ男がいると思ってんだこの馬鹿!」
「馬鹿っていうな、せめて阿呆って言ってくれオカン」
「加藤団蔵の命日、今日に決定」
「すみませんふざけすぎました謝る謝るからはたきを振りかぶるのはやめて下さ」
「ま、まあまあ二人とも、その辺に…」
「問答無用!」
「ぎゃああああああ!!」
「あー…」

 二人と共に部屋の掃除をしていた虎若は、このまま放っておくのはまずそうだと仲裁しようとしたのだが、少々遅かったようで伊助のはたきが華麗に閃いた。
 その餌食となった団蔵は、どつかれた辺りをさすりながら伊助ひでえやと喚く。伊助は自業自得だと切り捨て取り合わない。すると団蔵、苦笑している虎若にひどいと思わないかと話を振った。

「いや、今のはどう考えても団蔵が悪いと思う」
「えー!」

 苦く笑いつつ首を横に振った虎若に、団蔵は抗議の声を上げた。
 伊助は「は組のオカン」と呼ばれてはいるが、本人は全くもって遺憾であった。理由は先ほど本人が言っていたように、自分は男なのだからそんな風に呼ばれても嬉しくない、他に言いようはないのかとまあそんなところである。
 は組の生徒は伊助がオカンと呼ばれるのを嫌がっていることを知っているので口にしないのだが、たまにぽろっと零してしまったり、わざと口にする者もいる。
 まあその彼に悪気はないし、コミュニケーションのひとつとして口にしているようなのだが、伊助の逆鱗に触れることには変わりないので虎若はお前が悪いと言ったのだが。

「なんだよ二人ともーつれねえなあ」
「というかお前飽きたな?掃除に飽きただけだな?」
「うっ」
「ちょっとどうしたの、ずいぶんと騒がしいみたいだけれど」
「乱太郎ー!二人がいじめるんだ!」

 虎若の言葉に一瞬だけぎくりとした顔を作った団蔵は、部屋の前をちょうど通り掛かり、声を掛けてきた乱太郎に飛び付いた。
 は組の中でも背が高く、体格も良い団蔵に飛び付かれた乱太郎は転げることはなかったが、よろめいて「ひゃあ」と間の抜けた悲鳴を上げた。

「な、なに、どうしたの団蔵」
「伊助にオカンって言ったら怒られた」
「また?もう、怒られるって分かっててどうして口にするかなあ」
「ちょっとふざけただけなんだって!」
「掃除中にな」
「団蔵!お前飽きたからって何やってんだ!手を動かせ!って、違うわ馬鹿!乱太郎の身体まさぐるために手を動かすんじゃねえ!」

 本日二回目、伊助のはたきが華麗に閃いた。撃墜された団蔵は頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
 団蔵から解放された乱太郎は一連の出来事に呆然としていたが、虎若に大丈夫かと問われると我に返ってこくりと頷いた。

「団蔵、駄目だよ。ちゃんと掃除しなくちゃ」
「まずそこか?そこなのか?身体まさぐられたことは良いのか?」
「え、だっていつものことだし…」
「団蔵ぉおおおおお!!」

 伊助の怒号と団蔵の断末魔の中、乱太郎は虎若に自分も手伝おうかと申し出る。二人の様子を横目で確認した虎若は、むしろこっちから頼むと顔を引きつらせながら言った。

「団蔵の余計な一言のせいで終わるものも終わらなさそうだしなあ…」
「『は組のオカン』ってやつでしょう?確かに伊助ちゃんは面倒見良いし、頼りになるし、掃除洗濯お手のものだけど」
「だけど?」
「伊助ちゃんはとっても格好良いから、私は『オカン』って言うよりは『お父さん』の方が似合う気がするなあ」

 そう言ってにこにこと笑った乱太郎に、三人は動きを止めた。いち早く解凍したのは伊助で、団蔵に向けていたものと180度違う優しげな笑顔で乱太郎に向き直った。

「ありがとう、乱太郎。そういえば…乱太郎は『は組のお母さん』って呼ばれてるけど、そっちはその通りだよな」
「えー、それは私が女ってだけで、深い意味はないでしょ」

 順々に解凍した虎若と団蔵は、乱太郎は気付いていないのだろうと思った。彼女が纏う安心感や、彼女が自分たちに与えてくれる癒し、間違ったことをすればきちんと叱ってくれる真の優しさ、闇を真っすぐ照らす光のような輝き、そういったものを指して母親のようだと称されることを。
 おそらく伊助も同じように考えているのだろうと思う二人に、伊助はちらりと視線を寄越した。なんだろうと身構える二人に、伊助はひとつ、ニヤリと笑った。
 なにやら薄ら寒いものを感じさせるその笑顔に、二人が固まると、伊助はさらに二人を硬直させるような台詞を放った。

「違う違う。乱太郎は俺の嫁だから、『お母さん』ってこと」
「えっ」
「卒業して落ち着いたら祝言挙げるって約束しただろ?それに恋仲なんだから俺が『お父さん』なら乱太郎は『お母さん』って言えるだろ」
「い、伊助ちゃんっ」

 恥ずかしいよーなんて頬を染める乱太郎と、事実なんだから何を恥ずかしがることがあるんだとそれはもう男前に笑う伊助と。
 二人の仲は知っていたけれどまさかそんな約束までしていたとはと顔を青くする虎若と、二人の仲についても夫婦になる約束のことも勿論知らずに魂を飛ばす団蔵と。

「これはいよいよ騒がしいことになりそうだ」
「庄左ヱ門、お前相変わらず冷静だな…俺はこれから学園に先輩方が押しかけてくると思うと面倒で仕方ねえっつーのに」

 たまたま通り掛かった冷静な学級委員長と乱太郎の親友である少年がいたという。
 そんなある日の忍術学園の出来事であった。ちなみに部屋の掃除は伊助と乱太郎の擬似夫婦コンビ、否、未来の夫婦によって無事に終えられたということである。


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 伊助ちゃんイズ男前を主張したかったお話でした。


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