あかねさす



 夕日がうらやましい、乱太郎がぽつり零した言葉に雷蔵はその横顔を見つめた。

 山の向こう、明日の方角へ沈んでゆく夕日に照らされて、眼鏡の奥で緑色が瞬く。言葉だけでなく心からうらやましいと言いたげな顔はどこか泣き出しそうにも見える。
 どうしてだい、雷蔵にはそう問い掛けるのが精一杯だった。
 人の心に聡い同じ組の、自分が顔を貸している彼ならば乱太郎が考えていることを察知してもっと上手く行動できるだろうに、などと思いながら気の利いたことが言えない自分に落ち込んだ。
 乱太郎は、雷蔵に問われ、はっと目を見張った。口にするつもりはなかったんですと困った顔をしながら口を開く。

「あの、夕日って…赤いじゃないですか」
「あ、ああ…うん、そうだね」
「赤いのが当たり前でしょう?だから、どんなに赤くても誰も何も言わないのが、うらやましいなあって」

 そう言うと乱太郎は、頭巾を取り払った自分の頭に手をやった。
 それ以上乱太郎は何も言わなかったけれど、雷蔵は気付いた。

 この国の人間にしては、色素の薄い茜色の髪。ふわりふわりとした日向の色と匂いを持っているその髪を、乱太郎はあまり好きではないのだと言っていた。

「誰かに、何か言われたのかい?」
「あ、違うんです!この学園に入ってから、そういうことを言われたことはありません。……ただ、ちょっとだけ思い出してしまって」

 もし学園の誰かが乱太郎の髪をからかうような真似をしていたら、その人間を許すことはできないと思っていた雷蔵は、乱太郎の言葉に、ほっ、とため息をついた。
 けれど、最後に消え入るように呟かれた言葉は雷蔵の心に苦しいものを残した。
 今でさえ幼い乱太郎が更に幼い頃にそんな言葉を浴びせた人間がいるのか。乱太郎の髪は、こんなにも美しいのに。あの夕日と同じ色をしているのに。
 憤りを感じると共に、上手い言葉で乱太郎を慰めることができない己の不甲斐なさに雷蔵は眉を寄せた。


「あ、でも」

 不意に乱太郎が声を上げる。ぱっ、と上に向けられた小さな顔と視線がぶつかった。
 雷蔵はどきりと心臓が跳ねたが、乱太郎はそれ以上に感じたらしく、慌てて目をそらした。その頬が赤いのは、何も夕日だけのせいではないだろう。

「どうしたの、乱太郎」
「いえっ、その…その、実は、夕日がうらやましい理由がもうひとつだけ…あって、ですね」
「え?」

 うろうろと地面を撫でている視線に、これは突っ込んで聞いても良いのだろうかと雷蔵が悩んでいると、意を決したのか乱太郎が真剣な目で再び雷蔵を見上げてきた。

「雷蔵先輩がっ…」
「え、僕が?」
「先輩が、夕日は綺麗だって、言うから…」

 だから、と続けようとする乱太郎を、雷蔵は思いきり抱きしめた。焦って上擦った声で自分を呼んでくる乱太郎に、雷蔵は囁く。

「違う、違うんだよ、乱太郎。僕は確かに夕日は綺麗だって言ったけど、それは」
「そ、それは?」
「それは、夕日が乱太郎の色だからなんだ。髪の色の話だけじゃない、僕を優しく包み込んでくれるその心も、声も、笑顔も、全部が夕日色だから、だから僕は…」
「ええと、とりあえずとっても恥ずかしいことを聞いたってことで良いですか雷蔵先輩」

 腕の中で顔を覆った乱太郎に、雷蔵は苦笑しながら、違うよ、と言った。

「これは、愛の告白です」

 迷うばかりで乱太郎の心も救えない、むしろ救われてばかりの自分だけれど、その夕日色を愛することはできる。

 そんなことを考えながら雷蔵は、夕日色に染まったすべらかな頬に唇を寄せた。


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 図書委員の皆さんはロマンチストという勝手なイメージがあります。
 室町時代に「愛」や「愛してる」という言葉は確かなかったような気がするのですが、使いたかったので使っちゃいました。

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