それは小さな知識欲



 あんまり、喋らない先輩だと思う。だから何を考えているのか、何を感じているのかも正直なところ、良く分からない。
 わたしが知ってるのは心此処に在らず状態の、七松先輩風に言ってしまえば、ぼけっとした表情ばかりだった。
 でも不思議と、未知のものに対するような緊張みたいなものは感じなかった。

 むしろ、知りたかったんだ。その目が見つめる先にあるものはなんだろうとか、どんな風に考えるんだろうとか、どんな、ひと、なんだろうとか。

 それは小さな小さな、知識欲だった。




「それがきっかけだったんだと思います」
「…僕ってそんなにわけわからない存在だった?」
「えっと…その当時は、はい」

 わたしが言うと四郎兵衛先輩はがっくりと肩を落としてしまった。
 言わない方が良かったかなと、わたしは先輩の肩にちょん、と頭を乗せた。
 現役の体育委員長の肩はわたしなんかが軽く体重を掛けたくらいじゃ全く揺るがない。四年の月日を、何故か感じた。

「でもね、先輩。わたしは、きっとその時から先輩のことが好きだったんだと思うんです」
「えっ」
「相手のことを知りたいと思うのは恋愛の第一歩じゃないですか」
「…ごまかされてる気がするんだけど」
「じゃあ当時は先輩にこれっぽっちも興味なかったって言えば良いですか?」
「…それは、嘘になるだろう?」
「はい、嘘です」

 頷きながら断言してみせると、先輩はくす、くすと笑い声を立てた。つられてわたしも笑顔になる。
 言ったら怒られるから言わないけれど、先輩の笑顔はひよこみたいだと思う。なんていうか、ふわふわ、っていうか、癒されるっていうか。
 日向の匂いがする、笑顔だ。そして、

「あの時、先輩を知りたいと思ったから、わたしたちは今、こうしてるんです」
「ねえ、乱太郎。君が知りたいと思った僕はどうだった?期待通りの人間だった?」
「いいえ、見事に裏切られましたよ」
「それは残念」

 くす、くす。先輩は笑う。
 その笑顔は、わたしがこの気持ちを自覚した時とも同じ笑顔だった。
 ひとしきり笑った後、四郎兵衛先輩は穏やかに目を細めるんだ。それが堪らなく、優しくて愛おしい。
 先輩の笑顔を見る度にわたしは思う。

「ええ、残念ながらべた惚れです」

 そんな風にあったかく笑うのは狡い。
 しかも知りたいと願った視線の先に自分がいただなんて、全くの予想外だった。
 予想外だったけど、嬉しくて、嬉しかったけどちょっと悔しかった。

(でもまあ、いっか)

 知りたかったことは知ることができた。知らなかったことも知ることができた。

(これ以上何を望めば良いと言うのだろう!)

 小さな小さな知識欲が運んだ最大の幸せの他には、わたしは何もいらない。


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 初めて書いた乱ちゃん受けのお話がこれでした。しろ乱可愛いですしろ乱


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