特効薬が見当たらない



 その日、胃に効く薬は無いかと乱太郎に尋ねてきたのは乱太郎の担任でも四年生の作法委員の少年でもなく、体育委員長の皆本金吾であった。
 金吾にしては珍しいね、何か変なものでも食べたのと振り向きざま笑い声を上げた乱太郎は、金吾の顔を見て驚きに目を丸くした。

「き、金吾どうしたの!?顔真っ青!」
「うん…少し、胃に負担をかけてしまったみたいなんだ、いや…かけられた、の間違いか…」
「え、やだ、ちょっとしっかりして!伊作、白湯の用意を!」
「はいっ」

 共に医務室に詰めていた一年生の善法寺伊作に指示を飛ばすと、乱太郎はとりあえず金吾を座らせ、薬の準備を始める。
 金吾の様子と発言から考えるに、金吾の顔色をこれほどまでに沈めているのは神経性の胃炎であろう。
 自分の担任や後輩に煎じるものと同じものを用意しながら、乱太郎は、金吾の胃に負担をかけたものはなんだろうと、常ならぬ金吾の様子を窺う。

 一年生や二年生の頃は甘えたで、よく涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして泣きついてきていた金吾だが、年を経る毎に落ち着きと冷静さを身につけていった。
 少しのことでは動揺しなくなったし(これはまあ、六年生全体に言えるかもしれないけれど)、他人に涙を見せることもなかったし、同じ学年の乱太郎から見ても頼りになる立派な青年に成長していた。

 多少の怪我や病気ではここまで沈むようなやわな精神力の鍛え方はしていない金吾。それに、いつもなら身体の不調で弱っている姿を他人(特に乱太郎)に見せたがらないというのに、不調を隠しもせずに胃の辺りをさすっている姿は、そのプライドを越えるほど打ちのめされたということだ。
 一体何が彼の胃を痛め付けていると言うのだろう。

「はい、金吾、できたよ」
「皆本先輩、白湯です」
「ああ…ありがとう、乱太郎、善法寺も」

 乱太郎から薬を、伊作から湯飲みを受け取ると、金吾は薬を一気に飲み下した。かなり苦いはずのそれを顔色ひとつ変えずに飲み干した金吾に、やっぱり金吾はすごいななんてちょっと外れたことを考えていた乱太郎は、そうじゃなくて、と頭を振った。

「ねぇ金吾、一体何があったの。金吾がこんな状態になるなんてよっぽどのことでしょう?」
「…ああ…うん……ごめん、あんまり思い出したくない…かも」
「えっ、あ!ご、ごめん!そんなつもりじゃ…」
「いや、でも…やっぱり聞いてもらった方が良いかもな…特に…善法寺には」
「え?ぼ、僕ですか?」

 いきなり話を振られた伊作は、金吾から受け取った湯飲みを手に立ちすくんだ。その様子を見ていた金吾は苦笑して、そんなに警戒するような話じゃないと言った。
 厳格な先輩だと後輩の中では有名な金吾の言葉に、伊作の肩から力が抜けた。そんな伊作へ、金吾は話し始める。

「ちょっと気を付けてほしいというか、見張っておいてほしいというか、そんな話だ」
「……あの、もしかして…いえ、もしかしなくても……小平太ですか?」
「正解…」

 がくりと金吾がうなだれると、今の短い会話ですべてを悟ったらしい伊作は頭を抱えた。
 乱太郎は、そのやり取りだけではいまいち話の筋を理解できなかったのだが、伊作の口から出た名前には思うところがあったので、苦笑を浮かべた。

「小平太がまた何かしちゃったの?」
「そう、あいつがまたとんでもない発言してさ」
「え?発言?行動じゃなくて?また一人で勝手に塹壕堀りにいったとか備品壊したとかじゃなくて?」
「それに滝夜叉丸が思いっきりキレて」
「ええ?あの滝夜叉丸が?いつも冷静な滝夜叉丸が?小平太は何言ったの」
「そこに三之助が加わって大騒ぎになって」
「えええ?あの三之助まで?いつも飄々としてる三之助まで?いやほんと何言ったの小平太は」
「さらに三人を止めようとした四郎兵衛に鬼神が降臨して」
「えええええ!?あの四郎兵衛が!?いつもにこにこしてて癒される笑顔の四郎兵衛が!?金吾、何なの、小平太は一体何を言ったの!」
「ごめん、それだけは……乱太郎には言えない…」

 そこまで言った金吾がはははと乾いた笑いを上げた次の瞬間、伊作が医務室を飛び出していった。
 急に厠にでも行きたくなったのかなと鬼々迫る顔をして走り去った伊作を見送りつつ、金吾目が遠いよしっかりして!と乱太郎は倒れそうな金吾の背を支えてやるのであった。




 乱太郎は気付くことはなかったけれど、その日金吾の胃を崩壊に導いたそもそもの原因である小平太の一言は、乱太郎に関するものであった。
 ちょっと口にするに憚られるその一言を、乱太郎に対して淡い恋心を抱いている滝夜叉丸が見過ごせるはずもなく。
 日頃から乱太郎先輩と×××したいと考えている三之助が二人の言い合いに加わり。
 そんな三人の騒ぎは、乱太郎先輩を先輩以上に慕っている四郎兵衛の「笑顔で目こぼしする」範囲をあっさりと越えていった。

 後輩たちの騒ぎを止められずに情けないやら、誰にも秘密で付き合っている乱太郎の人気の高さを改めて思い知らされてショックやらで、六年は組体育委員長皆本金吾の胃は悲鳴混じりの叫びを上げたのであった。

 その胃痛が治る見通しは、今のところ、立っていない。


_ _ _ _ _

 年齢逆転した場合、体育委員長は苦労してそうだなぁと思いながら書きました。きっと何かあった時には誰より頼れる存在であると思いますが、個性的な後輩に振り回され気味なのかなぁと。
 でも多分金吾がキレたら静かになると思うけどね!その辺りは体育委員長ですからね!うん!

 ちなみに四年の作法委員=藤内です。彼も苦労してそうなイメージがあります…

top



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -