恋人は爬虫類



 それは、乱太郎がその日一緒の保健当番である伊作がやって来るのをぼんやりと待っていたときのことだった。

 不意に足音がしたかと思うと、医務室の戸がすらりと開け放たれた。伊作先輩やっと来た、今日も穴に落ちたか罠にはまった先輩の治療から始まるのかなぁと顔を上げた乱太郎は、そこに立っていた人間の顔を見て驚いた。
 そこにいたのは我らが六年は組保健委員長の善法寺伊作ではなく、三年い組生物委員の伊賀崎孫兵であったからだ。
 予想が外れたことに驚きつつも、伊賀崎先輩どうかされましたかと持ち前の保健委員根性を発揮した乱太郎の前で、彼はそれはもう真剣な顔でこう切り出した。

「今まですまなかった」

 開口一番そう謝罪された乱太郎は疑問符を飛ばすしかない。彼に謝罪されるような目に合わされた記憶は全くなかった。
 どういうことだろうと乱太郎は口を開いた。

「どうしたんですかいきなり」
「僕はずっと勘違いをしていたようだ」
「ええと、伊賀崎孫兵先輩、話が見えないんですが…」

 乱太郎の前まで進み出た孫兵は、きちっと正座をして座った。姿勢良く、きりっとした顔でこちらを熱く見つめてくる彼はたいそう男前で、やっぱり格好良いなぁなんて思っていると、彼はいきなり手をついて謝罪の構えを取った。

「乱太郎は人間じゃなくて爬虫類だったんだな、僕としたことが乱太郎は人間だと思い込んでしまっていて…本当にすまなかった」

 先輩の突然の謝罪に動揺していた乱太郎は、この発言に更に動揺した。

 今、なんと言ったかこの人は。

「あの、それこそ真の勘違いなので顔を上げてください先輩。というかなんですかこれ新手のイジメですか?泣いて良いですか?笑い飛ばせば良いですか?それとも助けを呼ぶべきですか?いや落ち着け私、落ち着いて会話のキャッチボールを計るんだ!……あの、伊賀崎先輩」
「なんだ乱太郎」

 ああよかったとりあえず言葉は通じるみたいだ、などと失礼なことを考えながら乱太郎は、きりっとした顔立ちの彼の目を見据えた。

「何か勘違いしていらっしゃるようなので言わせてください。あのですね、私は、正真正銘の、人間です。爬虫類ではありません」
「えっ」
「いや、えっ、と言われても私は人間ですから…」
「…not爬虫類but人間か」
「えーっと…良く分かりませんが、そうです私は人間です」

 分かってもらえたかないや分かってもらう以前の話だけどね!と思う乱太郎の前で孫兵は腕を組んで眉間に皺を寄せた。そうしてこう宣わったのである。

「いや、それはおかしい」
「いや、おかしかないですよ、やっぱりこれイジメですかイジメですねそろそろ泣きます私」

 どうしよう日本語が通じない。本気で泣きそうな乱太郎の耳に、しかし、こんな言葉が降ってきた。

「だって乱太郎が人間ならなんで僕は乱太郎のことが好きなんだ?」
「えっ」
「僕は人間なんてこれっぽっちも興味ないから、やっぱり乱太郎は人間じゃないと思う証明終了」
「ええと…これはとりあえずイジメではなく告白と取って良いんでしょうか今の私には理解できません助けて伊作先輩」

 色んな限界を超えてしまった乱太郎は、この数秒後に現れた伊作によって保護され、とんでもない発言をした孫兵は数馬にお叱りを受けたとか。


 さてこんなことがあった二人、何がどうなったのか、今ではいわゆる恋仲という関係になっている。
 どうしてこうなったと詰め寄る周りの人間に、乱太郎は詳しい話はせずにこんなことを苦笑しながら言うだけであったという。

 とりあえず自分は人間だということを理解してもらうのに一週間、恋仲になるまでプラス三日がかかりました。

 と。





 おまけ

「伊賀崎は虫にしか興味ないと思ってたから安心してた結果がこれだよ!!僕の乱太郎がぁあああ!!!」
「落ち着け伊作!それからその所有格は聞き捨てならなすぎる、ふざけんなやめろ」

「なぁ藤内、どうすれば孫兵に『本当の本当は乱太郎は爬虫類』だってことを信じ込ませてそれによって乱太郎が孫兵に愛想尽かすようにできると思う?」
「気持ちは痛いほど分かるがとりあえずその首絞めに使いたいと言わんばかりに握り締めてる包帯を置け、話はそれからだ」

「\(^0^)/」
「左近が壊れたー!!」

「/(^0^)\」
「伏木蔵も壊れたー!!」


_ _ _ _ _

 正直すまんかったと思っている。

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