絆されるということ



「しょうがねぇよなぁ、好きになっちまったんだから」
「そんなものですかねぇ」
「そんなもんだろ。どれだけ頭で分かってても、心に理解させるのは無理に等しい」

 好きだと思ったが最後なのだとさらり口にした八左ヱ門に、乱太郎は困ったような笑顔を返した。
 長閑な昼休みの雰囲気に溶けるように、しかしその内容は些か昼には似合わぬようなものだった。そのギャップと普段は何かを論じるような人間でないのに、もっと動物的な人だと思っていた八左ヱ門の口から恋愛論が飛び出したという違和感が乱太郎の表情を濁らせる。
 そんな哲学的な意味での知性の光を発している八左ヱ門は暢気なもので、縁側から見上げる雲を見て、あああの雲は豆腐みたいな形してんなぁなどと言う。
 乱太郎はともすれば笑顔まで浮かべそうな八左ヱ門に恐る恐る声を掛けた。

「あのー、八左ヱ門先輩」
「んー?」
「私と先輩は、その、お付き合いをしていますよね。恋愛的な意味で」
「おお。別れた記憶ないからなぁ。現在進行形で恋仲だよな。それで?」
「…いえ、そのー、当事者である私が言うのもなんですが…気に、してないんですか?」

 私、告白されたんですよ?あの雲みたいな豆腐が好きなあの先輩に。

 乱太郎が確認するためにそう言っても、八左ヱ門の表情は変わらない。空に向けられたままの横顔からは動揺も、怒りも見えなかった。
 普段から割と何事もおおらかに受け止める性の人だから、恋人である乱太郎が愛の告白をされたことも、その相手が親しい友人であったことも、彼の中では大したことではないと片付けられてしまったのだろうか。そうだとすればちょっと寂しい。
 実はあんまり愛されてないのかな、なんて不安に思い始めた乱太郎を、いつの間にか八左ヱ門は真剣な目で見つめていた。

「…あいつのこと、好きか?」
「……はい?」
「だから、兵助に告白されたんだろ?好きだって」
「はぁ…」
「で、どうなんだ?乱太郎はあいつのこと…好きなのか?」
「…先輩としては尊敬してますけど、そういう対象としては…って、さっき言ったじゃないですか」

 八左ヱ門の問い掛けに乱太郎は少しむくれながら答えた。
 告白されたことを八左ヱ門に告げた時、乱太郎はこうも言ったのだ。私は八左ヱ門先輩が好きなんです、とはっきりお断りしました、と。
 実際に乱太郎は八左ヱ門のことが好きだったし、八左ヱ門以外のことをそういう目で見たこともなかった。好きで好きで堪らない恋人の八左ヱ門に自分の誠意を伝えたのに、返ってきたのは「しょうがない」という言葉だった。
 先程感じた不安と怒りが、情けなさに変わって乱太郎はなんだか泣きそうになる。

「だからだよ」
「…なにがですか」

 いきなり降ってきた言葉に乱太郎は声を返した。でも目は上げられない。
 すると、八左ヱ門の両手が乱太郎の頬を包み込んだ。抵抗する間もなく顔を持ち上げられ、至近距離で見つめ合う羽目になる。

「乱太郎は浮気する気はこれっぽっちもないんだろ。だって乱太郎はちゃんと俺のことを好いてくれてる。誰に告白されてもはっきり断ってくれるって、それをさ、俺は知ってるから」

 だから、余裕でいられるんだ。

 そう言った八左ヱ門の笑顔は晴れやかで、何とも言えず格好良く映った。
 こういう人を男前って言うんだろうなぁとか、彼が自分を好いていてくれるのかどうかは分からないのに安心してしまいそうになる自分がいて、乱太郎は一瞬頬を膨らませたが、八左ヱ門があんまりおおらかに笑うから釣られて笑ってしまった。

「もう、色々考えた自分が阿呆みたいです」
「ん?」
「嫉妬して下さらないのかなーとか、まあ、そんなことですよ」
「え、してるぞ、これでも」
「…嫉妬してる人間が『しょうがない』で済ませますかねぇ」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、何もないですよー」

 引っ掛かるところもあるけれど、まあ良いかと乱太郎はちらりと空を見上げた。
 長閑な昼の空は綺麗な水色で、触れたままの八左ヱ門の手は温かい。
 それが全てだった。


_ _ _ _ _

 乱太郎に「これでも嫉妬してる」と言いながら余裕を見せていた八左ヱ門くんは、その言葉通りがっつり嫉妬してました。
 表向き、というか乱太郎には見えなかっただけで。この後兵助に向かって笑顔で「好きになるのはしょうがねぇけど告白まで許した覚えはねぇぞこの豆腐くたばれ」と言い放った八左ヱ門くんが見られたとか見られなかったとか…

 タケメンかつ天然腹黒というか嫉妬とか私情を感じさせない忍者みたいな竹谷が書きたかったんじゃないかな!(過去形)

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