空とお茶とお団子と



「良い天気だなぁー」
「いい天気ですねー」

 まだ肌寒さを感じる日もあるけれど、ほわりと暖かい春先のある日。
 五年生の長屋の縁側に並んで二人は空を眺めていた。淡く水で溶いたような優しい色の空にはゆっくり雲が流れていく。

 感嘆のため息をついてみたり、二人の間に置いてあるお団子に手を伸ばしてみたり、お茶の入った湯飲みを手に取ってみたり。
 忙しい日常が嘘のようにゆったりと穏やかな時間がそこにあり、二人は確かにそれを楽しんでいた。

 お茶と場所を用意した五年生の彼は、普段同学年の友人たちと付き合っていると精神的に疲れることが多いのだが、その疲れが癒されるのが分かるなぁとお団子を口にしながら思う。
 そのお団子を持って五年生の彼をお茶に誘った一年生の少年は、普段なにかと大変な事件に巻き込まれて大変な思いをすることが多いけれど、今日はとっても平和だなぁとお茶をすすりながら思った。

 空とお茶とお団子と。
 そこには何も特別なものはなかった。空はいつもと同じく彼らを見下ろしていたし、お茶もお団子も普通のものだった。

 二人の間に頻繁な言葉のやり取りはなかった。あまり必要なかったからだ。
 それに、廊下でばったり出会った瞬間、お互いの表情を確認して相手に何があったのか悟っていたから、わざわざ尋ねなくとも互いが互いを欲していることを理解していた。

 不意に、五年生の彼が口を開いた。その顔には程よく癒されている感満載の笑顔が浮かんでいる。

「なぁ、乱太郎」
「はい、なんですか尾浜先輩」
「やっぱり俺、乱太郎といるとすごく幸せだ」
「私も尾浜先輩とご一緒してるととっても幸せです」

 乱太郎、と呼ばれた一年生の少年も、勘右衛門と同じ種類の笑顔で応えた。

 勘右衛門は空に向けていた視線を乱太郎へと移動させる。
 首を傾げて自分を見上げてくる乱太郎は贔屓なしに可愛らしくて、勘右衛門はその頭に手を伸ばした。
 よしよしと優しく何度か撫でると、乱太郎の目がふにゃりと溶ける。その様子にまた、勘右衛門はささくれ立っていた心が落ち着くのを感じた。

 一方で乱太郎も、この優しく穏やかな先輩に大きな手で頭を撫でてもらえるのが好きだった。
 五年生や六年生の先輩たちはなにかと自分を可愛がってくれるのだけれど(理由は定かではないが)、自分がちょっと疲れてしまったときに何も聞かずにそっと傍にいてくれる勘右衛門に、乱太郎はよく懐いた。
 勿論、同じ委員会の不運だけど優しい先輩も、よく迷っているけれど優しい先輩も大好きだったけれど、勘右衛門に対して抱く感情は、その二人に抱くものとはまた違っていた。
 これは、勘右衛門も同じことが言えた。
 (まあやっぱりそれなりには)尊敬する先輩方や、(たまにものすごく生意気だけれど)可愛い後輩、そして(こう言うのは釈然としないときもあるけれど)仲の良い友人に対するものとは違う感情を、乱太郎から得ていた。

「空が青いなぁー」
「空が青いですねー」
「なんで空を眺めてるだけでこんなに癒されるんだろうなー」
「なんで安いお団子がこんなに美味しく感じるんでしょうねー」
「なんでだろうなー」
「不思議ですよねー」

 空もお茶もお団子も、何一つ特別なものはないけれど。二人が過ごすその時間は、二人にとって何にも変えられぬ時間だ。
 何かとストレスの多い互いの心を、互いに癒すことができる二人がその「特別」にちょっとした色を感じるようになるまで、そう時間はかからないだろう。


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 お互いに、一緒にいるとすごく癒されるなぁと思ってる勘乱でした。
 癒されるなぁって感じるところから始まってちょっとずつ、掛け替えのない相手になっていったら良い。
 勘乱はほのぼのふわふわ時々苦労性みたいなイメージがあります。

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