特等席、きみのとなり



 乱ちゃんという大切な幼なじみを一人の女の子として好きだと自覚してからの僕は、それはもうひどい日々を送っていた。

 同じく幼なじみの仙蔵には「今更気付いた?そうかそれは良かったな今夜は赤飯だな」と全く目が笑ってない笑顔で言われるし、小平太にも先日の件(乱ちゃんへのメールの返信に30分悩んだ件だ)で未だにからかわれるし、ある講義のレポートの提出期限をメモし間違えたりそのせいで徹夜するはめになったり、転んだり側溝に落ちたりと散々だ。
 でも、十年以上抱き続けてきた思いがいきなり名前を変えたら、普通は誰だって戸惑うよね?ね?

「知るか。それに自業自得だろ」

 それよりうじうじするだけなら出ていけ鬱陶しいからと冷たいことを言うのは、幼なじみではないけど昔からの友人である留三郎だ。

 僕と留三郎がいるのは、留三郎が所属している、えーっと…フォーミュラなんたら研究会とかいうサークルの部室。
 授業が突然休講になって暇を持て余していた僕は、元々この時間に授業のない留三郎がここにいるということで上がらせてもらうことにしたんだ。
 押しかける形でここにいる僕はサークルとは関係ない人間で。居させてもらえるだけで有り難いことだからとりあえず黙ることにした。
 こんな居心地の良いソファ、空き教室にも食堂や図書館にもないからね。

 それでも苦悩する友人にもうちょっと優しくしてくれたって…と思っていると、ポケットに入れていた携帯がメール着信を伝えてきた。
 携帯をポケットから取り出すと、留三郎がニヤニヤとこちらを見てくる。先日のあの件を思い出しているんだろう。
 嫌な感じだ。僕は努めてなんでもない風にメールを開いた。

「……えっ?」

 もしかしたら、なんて淡い期待を抱いていた僕は、そこにあった予想外の名前に驚いて驚いてつい声を上げてしまった。
 それは、乱ちゃんのお母さんの名前だった。

「どうした?猪名寺からか?」
「違うよっ!いやまあ猪名寺さんであることには変わりないけどさ」
「は?」
「乱ちゃんのお母さんからってこと」

 小さい頃から、実は乱ちゃんが生まれる前から可愛がってもらってる乱ちゃんのお母さんとは、月に何度かメールをやり取りする仲だったりする。下手をしたら実の両親と交わすのより多いかもしれない。
 歳も性別も違うのに、何故かやたらと話の合うおばさんとは色々な話をするんだけど、今日は一体なんだろう。
 本文に目を通す。そして僕は、固まった。



 曰く、「今度暇な時に乱の勉強を見てやってほしい」と。



「おーい伊作、お前なに座ったまま気絶してんだ?おばさん、なんだって?」
「かっ、かっ、かっ…」
「お前は水戸黄門か」
「かっ…かて、家庭教師…頼まれた…乱ちゃんの」

 乱ちゃんの家庭教師を頼まれたのはこれが最初じゃない。乱ちゃんが小学生のときも高校受験のときも、何度もおばさんに頼まれて勉強を教えたことがある。
 乱ちゃんはとっても分かりやすいと言ってくれていたし、僕も楽しく教えられていたから、一度も断ったことがない。乱ちゃんが大学受験を迎える時は、ちょっと無理かもしれないけど、この先も頼まれたらやろうと思っていた。
 ただしそれは、僕がこの思いを自覚する前の話だ。

「うわぁあああどうしよう、どうすれば良いんだろう!!」
「そんな悩むことか?猪名寺に会えるしバイト代はずんでくれるし猪名寺と二人っきりになれるのに何を躊躇う」
「いや、だって二人っきりとか!!」
「…なら、俺が代わりにやってやろうか」
「え」

 いつの間に用意していたのか、コーヒーをすすりながら留三郎は言う。

「どうせ数学と英語だろ?猪名寺なら」
「あ、うん…乱ちゃんはその二教科が特に苦手で…ってなんで知ってるんだ」
「だって俺も教えたことあるし。それに数学と英語なら工学部で英語の論文読んでる俺のが適任だろ」

 そういえばさっき、「バイト代はずんでくれる」とか言っていたような気がする。実際にやったことがなければ知り得ないことだろう。
 しかも、そう、留三郎の言う通り、医学部の僕より工学部の留三郎の方が、確かに適任なのかもしれない。

 でも。



「ダメ!!留三郎と乱ちゃんが二人っきりとかダメ!ゼッタイ!!」
「安心しろ、猪名寺本人にもおばさんにもお墨付きはもらってる。……自覚したてで本人に会ったら何しでかすか分からねぇお前より絶対適任だろ。むしろ代われ」
「嫌だ!僕がやる!…ほら、もう了解のメール送っ…ちゃっ…た、だと!?」

 送信完了の四文字が、光って、消えた。

「!!?」
「あーあ」
「だっ、どっ、どうしよう!?」
「知るか!引き受けたんならちゃんとやってこい!ついでにその鬱陶しい動揺状態どうにかしてこい!!」

 実際に猪名寺に会って落ち着いてこいと、いやそれ絶対逆効果になるからと言いたい一言を放った留三郎に、僕は部屋を追い出された。




特等席、きみのとなり

(どんなに動揺していても、それだけは譲れない)


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 どうしよう、いさっくんが鬱陶しい←

 次回はいよいよ乱ちゃんとドキッ☆二人っきりのお勉強会〜イヤンはなしよ〜の回ですね!
 ええ、このいさっくんはヘタレですからそんな雰囲気にはなり得ません!!ええ!!(力説)


お題:確かに恋だった

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