無意識じゃいられない
二十一年も生きてるとそりゃまあ衝撃的な事件のひとつやふたつ出くわすこともあるわけで。
自他共に認める不運な人間の僕は、少しくらいの衝撃では動揺したりしない生活を送っていたんだけど、一週間くらい前にそれはもう今までの僕の人生を根底から揺さぶるような事件があったんだ。
それは人によったら大したことのない事実かもしれない。僕を取り巻く環境や人間関係が大きく変わったとかそういう事件ではなかったからね。ただ、ある事実に気付いただけ、だったから。
でも、その事実は僕を動揺させるに十分すぎる力を持っていた。
善法寺伊作、当年とって二十一歳。
大切なただの幼なじみがいつからか大切な特別の女の子であったことに気付かされ、迷走する毎日です。
「いさっくんやっっっと気付いたんだな、遅いぞ!」
「そんな『やっと』に力込めて言わなくても良いじゃないか…小平太」
今日は土曜日、大学は休みだ。ちなみに現在時刻は午後七時ちょっとすぎ、ここは僕が一人暮らしをしているアパートの一室だ。
これから昔からの友人同士で久々に飲もうという話になっていて、たまたまバイトのなかった小平太が早々と来て炬燵で寛いでいる。酒やつまみの準備は、今回部屋を提供する家主の僕はしなくて良いことになっているので、人数分の皿と箸、コップだけを準備するとやることがなくなる。
小平太が持ってきた日本酒の一升瓶を二本、冷蔵庫にしまった僕は、小学校からの友人である彼の前に座った。
座るか座らないかのタイミングで小平太から面白がっているとしか思えない発言が飛んでくる。
曰く、「いさっくん、やっぱり乱が好きだったんだな!」と。仙蔵辺りが何か言ったんだろうかとため息をつくと、続いて飛んできたのは「やっっっと気付いたんだな、遅いぞ!」という言葉だった。
確かに十年以上自分の気持ちに気付かずにいたわけだから、そう言われても仕方ない。
でも他人に言われるのは悔しかったから、そんなに強調して言わなくても良いじゃないかと返せば、「俺ですらいさっくんが乱を好きだってなんとなく知ってたから、このくらいがちょうど良いだろう」と言う。
人の機微に疎くて、空気の読めない小平太に言われて、正直僕は落ち込んだ。僕って小平太よりも鈍かったのか…なんかすごく…うん…なんでもない…
「で、恋だと知った今の気持ちを電化製品に喩えるとどんな感じだ?」
「なんで電化製品!?」
「なんとなく!」
「なんとなくで無茶振りするな!」
「じゃあ普通で良いや」
「普通にって…別に意識するようなことはない、と思う」
確かに長次にずばり言い当てられて、ずっと妹みたいに思ってた乱ちゃんを一人の女の子として意識してたことに気付かされて動揺はした。
でも、だからと言って僕が乱ちゃんに対して抱く気持ちに変化はない。
幸せであってほしいとか、笑っていてほしいとか、確かにできれば…僕の隣で、僕にだけ春の日だまりに咲く花みたいなあの笑顔を向けてほしいとは思うけど、根本的なところは変わらないはずなんだ。
「ふーん」
「だから何も面白いことは…あ、メールだ」
炬燵の上に肘をついてこっちをじとーっと見てくる小平太の視線を感じながら、ジーンズのポケットで震える携帯を取り出す。
今日飲み会するメンバーの誰かかなと思って携帯を開いた僕は、あ、と思わず変な声を上げてしまった。
「乱ちゃん、からだ」
その内容は、他愛ないものだった。普段なら、一分もかからずに返信できてしまえるような、本当に他愛ないメールだった。
今日だってすぐに返事できるはず、だった。
「…あれ、おかしいな…」
「どうしたんだいさっくん」
「……今までどう返してたか…思い出せない」
最初は挨拶から?いや挨拶なんてしてたっけ?読点は付けてたっけ?絵文字は、顔文字は?
ああダメだこんな素っ気ない言葉は使えない。ああでもひらがなばっかりのメールじゃ馬鹿だと思われるかもしれないし…
考えれば考えるほど指が動かなくなる。指が動かないのに反比例するように頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
これまではあんなに簡単に返せていたはずのメール。なのに相手が乱ちゃんだと思うだけで、乱ちゃんに届くと考えるだけでどうしてこんなに頭がパニックになるんだろう。
何も変わらないはすだったのに、いや、変わっていないのに。
メールの返事ひとつに頭を抱えた僕に、小平太は笑いながら「いさっくん、鬱陶しいぞ!」と言った。
結局、返信するのに三十分かかった僕は、その日の飲み会で思いっきり笑い者にされたのだった。
無意識じゃいられない
(些細なことでも、意識せざるを得ない)
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乱ちゃんに嫌われたくない、失望されたくない欲が出てきた模様。
お題:確かに恋だった
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