君が異性に変わってゆく



 彼女はずっとずっと僕が傍で守ってきた大切な大切な幼なじみ。
 これからもそれは変わらない、変わらずに彼女の幸せを、その笑顔を守り続けていこうと思っていた。

 まだ幼かったあの日、転んで泣いてしまった彼女の涙を僕は一生忘れることはないし、彼女がくれたたくさんの暖かい思いも、僕を救ってくれた優しさも明るさも、ちょっとでもそれに対して報いることができたらって、おこがましいけど、思っていたんだ。

 でもそれは、あくまで「ただの」幼なじみとしての感情だった。妹に対するようなものだと言っても良い。
 だから、同い年の腐れ縁とも言える幼なじみの彼に言われたその一言を、最初僕はちゃんと理解することができなかった。





「………………え?」
「……」

 ざわざわざわめく大学の食堂、その端っこの席で僕と彼は向かい合って少し遅めの昼食を取っていた。
 混雑する昼休みを避けてこの時間にしたのに、どうやら皆考えることは一緒のようで、席を確保するのに苦労はしなかったけれどなかなかに賑わっている。
 そんな喧騒に包まれた中で、幼なじみの彼の声はとても聞き取りにくかった。いや、今思えば聞き間違いだったと、思いたかっただけなのかもしれない。
 それだけその発言は、僕にとって衝撃的な発言だった。

「…ごめん長次、もう一回言ってくれるかい?よく聞こえなかった」
「……お前は本当に…乱のことが好きなんだなと言った……」
「あ、う、うん…なんだ、そういうことか…」

 聞き返してみればそれはなんてことのない言葉だった。相変わらず聞き取りにくい声だなぁと思いながら、ランチのフライを突く。
 絶品と名高い我が大学のランチ、その中でも特に人気の高いフライがメインのAランチを珍しく、本当に珍しく確保することができたのに、何故か箸が進まない。食欲がないわけでも調子が悪いわけでもないのに。
 一瞬、長次にいきなりとんでもない発言をされたからかもしれない思ったけれど、聞き返して帰ってきたのは「僕は乱ちゃんのことが好き」だという今更確認するまでもないものだったから、動揺するようなことはない。はず。

 一回目の長次の発言に思いっきり跳ね上がった心臓の鼓動を半分忘れながら、僕は、弁当を突いている長次に目をやった。

「もう、何を言い出したのかと思ったよ…」
「……思ったことを言ったまでだ」
「そんなの今更じゃないか?」
「……」
「それに長次だってそうだろう?」

 何かを言いたそうにしている長次に水を向ける。

 仙蔵と長次と僕とそして乱ちゃんは、それこそ生まれてから今に至るまでずっと仲の良い幼なじみだ。
 最初は三人だけだったけれど、少し年を置いて生まれた乱ちゃんを、僕たちは何故か幼なじみの一員として迎えた。
 その辺のいきさつは良く分からない。気付いたら乱ちゃんは僕たちと遊んでいたし、僕たちは三人とも乱ちゃんが可愛くて可愛くて仕方なくて、それが一番大事なことだったから気にしたことがなかった。多分、仙蔵も長次も同じようなことを考えてると思う。

 乱ちゃんは僕たち三人の大事な、大事なお姫様。
 そんな彼女を「好き」だと言って何か問題があるんだろうかと思いながら、僕は長次の言葉を待つ。

「……確かに、俺も乱のことは好きだ」
「でしょ?」
「……でも、違うだろう」
「え?」

 一口大に切ったフライを口に運ぼうとした僕に、長次は、言った。



「……お前が乱に向けるそれは、恋愛のそれだろう」



 頭が真っ白になった。
 「お前は本当に乱のことが好きなんだな」と言われた瞬間よりももっと大きく、心臓が跳ねた。違う、とすぐに言いたいのに、上手く口が動かない。
 ぽろりと箸からフライが落ちて、ついでに箸も指から離れて、からんからんとテーブルに落ちたのに気付いて初めて、僕は口を開くことができた。

「いや、そんなこと、ないって…だって僕は、ただ…乱ちゃんが笑顔でいてくれたらそれで良くて…」
「……本当に、そうか?もし乱の隣に、お前じゃない誰かがいたとして、乱がそいつに笑顔を向けていたとしたら?」
「え…」
「……どうなんだ、伊作」

 その時僕の頭に過ぎったのは、この前乱ちゃんの家にお邪魔したときのことだった。
 仙蔵の冗談に、花が咲くみたいに可憐に笑う乱ちゃんを思い出した。
 やっぱり乱ちゃんは可愛いなぁと思った僕は、そうだ、その後にこうも感じたんだ。



(…面白くないなぁ、仙蔵むかつく)



「………………嫌、かもしれない」
「……だろう」
「え、ちょっと待って、これってもしかして、いやまさかそんな」
「……嫉妬だな」
「そんなあっさり言わないでくれよ!いやでもほら長次もそうだろう?嫌だと思うだろう?」
「……俺は乱が笑っていられるなら、隣にいるのは俺じゃなくても良い」

 だから早く自覚しろ、乱のために。

 その時、長次は最後にそう呟いたらしい。食堂のざわめきも聞こえずに、十年以上ずっと抱いていた思いが実は恋でした、なんて思ってもいなかった事実に混乱する僕には届いてこなかった。


 乱ちゃんにはいつも笑顔でいてほしいという願いに、できれば自分の隣で、という一節がはっきりと加わるまで、あと三日。




君が異性に変わってゆく


_ _ _ _ _

 今までまったく自覚がなかったので、ずばり言われて思いっきり動揺している伊作でした。自分で思ってもないこと言われるとびっくりしますよね、そんな感じです。
 にしてもいさっくんどんだけ鈍いんだ。

 長次も乱ちゃんのことが好きですが、これはあくまで幼なじみとしてであり妹を可愛がるような感じ。彼はよいお兄さんです。

 仙蔵、長次、伊作を乱ちゃんの幼なじみにしたのはただの趣味です←
 残りの三人は幼なじみではないですが乱ちゃんと面識はあるという設定。出せたら良いなー


お題:確かに恋だった

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