保健委員会の日常



 保健委員会の面々は知っている。
 自分たちは確かに不運だけれど、その不運に耐えられるだけの幸福が、自分たちに微笑みかけてくれる瞬間があることを。





 今日は学園に存在するほとんどの委員会が活動日のため、普段に増して怪我人が多かった。
 保健委員会も週に一回の定例委員会を開いていたのだが、開始三十分で薬箪笥の整理を中断するを得ない事態となっていた。

「あらー、これはまた派手にやったねぇ…」
「いやぁ、それほどでもありません」
「褒めてないから、全く褒めてないから、兵助」

 今日の第一陣は火薬委員会であった。
 委員会中にちょっとした爆発を起こしてしまったという二年い組の久々知兵助を慌てて運んできたのは六年は組の火薬委員長である二郭伊助だった。
 乱太郎に火傷に効く薬を塗ってもらいながら関係のない話を始めようとする兵助を、伊助は苛立たしげに止めている。
 伊助と兵助に付いてやって来て、ちゃっかり乱太郎の隣に座り込んだ三年生のタカ丸を五年生の三郎次がお前なんて羨ましいことをと怒鳴り付けると、保健委員の左近がやかましいと三郎次の頭を叩いた。

「はい、できたよ」
「ありがとうございました。ところで先輩今日の夜のご予定は」
「黙っとけ兵助!乱太郎、ありがとう。さあ、委員会が途中なんだからもう行くぞ」
「えーっ」
「えーっ、じゃない!僕たちが居座ったら保健委員会の邪魔になるだろ!…じゃあ、乱太郎」
「うん、委員会、頑張ってね」

 手当てが済んだ兵助と、乱太郎に纏わり付くタカ丸が居座りたいという空気を醸し出す前に、委員長の伊助は委員たちを引き連れて医務室を後にした。
 乱太郎と一言も話せなかった上、傍に寄ることもできずにいた三郎次はそれはもう悲しそうな顔をしていたが、友人の左近に睨まれて涙目になりながら他の火薬委員たちと去っていった。
 同輩に対して強みのある左近をすごいな、僕も一睨みで三之助や左門を黙らせることができたら乱太郎先輩に迷惑掛けるような真似をさせないこともできるだろうにと数馬が尊敬の眼差しで見ていると、近付いてくる無数の足音が響いてきた。
 これにいち早く気付いたのは左近であったらしく、ため息混じりにぼそぼそと何事かを呟く。

「次はどこだ?体育か?会計か?それとも体育か?」
「川西、残念!生物でしたー」
「作法もいるよ!」

 襖をすぱーん!と気持ち良く開け放って顔を覗かせた生物委員会の委員長と作法委員会の委員長の顔に、乱太郎以外の保健委員会の面々は顔を引き攣らせた。
 左近の顔にははっきりと「一番面倒なのが来た」と書いてあり、一年生の善法寺伊作などはちょっとしたきっかけで泣き出しそうな顔をしている。
 数馬も作法委員長である笹山兵太夫の後ろで申し訳なさそうに手を合わせている友人を見てがっくりと肩を落とした。


 常識的な考えの持ち主である火薬委員長とは違い、チャンスがあれば乱太郎と触れ合っていたいらしい兵太夫と生物委員長の夢前三治郎は、後輩が怪我をしたこの機会を全力で利用するに決まっていた。
 某作法委員の掘った穴に落ちて怪我をしたという八左ヱ門と、某生物委員が逃がした毒虫に噛まれたという仙蔵の様子を見てやりながら、乱太郎の両脇に腰を落ち着けた委員長二人を横目で見る。二人ともとてもとても幸せそうな笑顔だった。
 基本的に後輩は可愛がる六年は組の先輩だからまさかとは思うけれど、八左ヱ門と仙蔵が医務室に来る原因を作ったのは、もしかしてと勘繰りたくなるほどの笑顔だった。
 「計画通り」とか言い出しても不思議のない表情である。

「喜八郎…落とし穴を掘るのは良いけどもうちょっと場所を考えようね」
「はぁい、善処しまーす」
「孫兵も、気をつけてあげて、本当に」
「はい、すみません乱太郎先輩」

 八左ヱ門と仙蔵の怪我の直接の原因となった二人は乱太郎の前に正座して、神妙な顔をしている。
 だが仙蔵の手当てをしていた数馬も、八左ヱ門に包帯を巻いてやっている左近も知っている。二人の神妙な顔の下に、乱太郎先輩と言葉を交わせて幸せだと思っている心が存在していることを。

 数馬や左近の殺気が膨らんでいくのを感じ取ったらしい作法委員の藤内が、乱太郎の髪をいじり始めた兵太夫に恐る恐る声を掛けた。

「あの…笹山先輩、仙蔵の手当ても終わりましたしそろそろ…」
「何か言ったか?藤内」
「いえ何もありません…」

 うん、分かってた。そうなるって分かってたさ藤内。お前頑張ったよ…と心の中で友人に慰めの言葉を掛ける。
 作法の良心である藤内が沈められ、箍が外れた作法委員たちは存分に乱太郎のひと時を楽しむ気満々でしっかり腰を落ち着けてしまっていた。
 元から止める人間のいない生物委員たちは好き放題で、三治郎は猫のようにごろにゃんと乱太郎に甘えに掛かっているし、孫兵も八左ヱ門も尻尾があれば思いっきり振り回しそうな顔で乱太郎先輩乱太郎先輩と話し掛けている。


 この状況が面白くないのは保健委員の面々である。医務室の天使こと猪名寺乱太郎の傍にいられるという数少ない幸運を邪魔されて、何も思わないはずがない。
 薬箱の蓋を閉じながら、伊作がぽつりと口を開いた。

「…また、取られちゃいましたね」
「だから生物と作法は嫌なんだ…手当て終わっても絶対に自分たちからは出ていかないし居座るしやたら牽制してくるし」
「今日は薬箪笥の整理も諦めるしかないですかね…よくて徹夜…?」
「大丈夫、もうすぐ作法も生物もいなくなるからー」
「うわっ!伏木蔵先輩いつの間に!」
「ついさっきだよ、やっと実習の片付けが終わったからねー」

 今まで姿の見えなかった保健委員会副委員長の鶴町伏木蔵が、ぬぼー、としか形容できない様子で三人の後ろに立っていた。
 心臓に悪いのでもうちょっと普通に登場してほしいと思っていると、伏木蔵はにっこりと、いや、にやぁ…と微笑んだ。
 結構なレベルで不気味な先輩に、恐る恐る話しかけたのは伊作であった。

「あの、伏木蔵先輩…何か良いことがあったんですか?」
「んー?いや、別に何もなかったよ。まあこれからゆっくりできそうだなとは思ってるけど」
「?」
「そうだ伏木蔵先輩、先程『もうすぐ作法も生物もいなくなる』とおっしゃいましたが…」
「どう考えても…委員会終了まで居座りそうなんですけど…」

 左近と数馬はちらりと乱太郎とその周りを囲む作法委員会と生物委員会の面々を確認する。
 委員会活動に戻らなきゃいけないんじゃないのと言う乱太郎に、それぞれの委員長は声を揃えて副委員長がいるから大丈夫だと宣わった。

「いやいや普通にダメだろ、委員長がこんなところで油売ってたら…」
「そういえば…どちらの委員会も副委員長はいらっしゃいませんね」
「うん、だから『もうすぐ作法も生物もいなくなる』んだよ」
「え?」

 変わらずにこにこ(ニヤニヤ)と笑う伏木蔵を見上げた三人は、そのきっかり三秒後にやって来た六年い組の作法副委員長と生物副委員長の怒鳴り声に成程と頷いたのであった。
 確かにもうすぐ作法も生物も退出してくれそうである。

 伏木蔵は「タイミング良く来れてよかったーすごいスリルー」と二つの意味でタイミングの良かった己の幸運を喜んでいたという。





「ふぅ、薬箪笥もこんなもんで良いかなー」
「乱太郎先輩、包帯の整理終わりました」
「救急箱のチェックも終わりました」

 嵐が過ぎ去った医務室は、保健委員たちによって整えられていった。
 すべてが終わったのは夕飯までまだ余裕のある時間で、不運な生徒が集まる保健委員たちはこの快挙に心の中でちょっと感動していた。
 それは、委員会が早く終われば、彼は必ずこう提案することを知っているから。

「うん、綺麗になったね。じゃあそろそろ終わりにして…まだ時間もあることだし…お茶にしようか」

 ふわりと微笑んだ乱太郎の言葉に、不運に腐らず頑張ってよかったと四人は思った。

 たとえ明日からまた不運な日常が始まるとしても、こんな幸福が、乱太郎という特別なひとが微笑みかけてくれる幸福があるならば、頑張ろうと思える。
 乱太郎と暖かいひと時を過ごすため、保健委員たちは今日も不運に耐えるのであった。


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