大切なただの幼なじみ



 物心付いたときから彼女はそこで笑ってた。
 左斜め少し後ろのその位置で、僕の服をぎゅっと握り締めて笑う彼女を、成人した今でも僕はありありと思い浮かべることができる。
 初めて彼女を認識した瞬間から、ああこの子は僕が守ってあげなければ、いや、守ってあげたいと、そう思ったんだ。

 彼女はお隣りに住んでいる可愛い可愛い女の子。
 今はもう、あの頃みたいに日がな一日一緒にいることはできない。彼女の代わりに落とし穴に落ちたりボールにぶつかったりしてあげることもできない。
 でも僕は彼女と出会った十四年前のあの日からずっと、ずっと、彼女の笑顔が曇ることがないように願い続けてる。





「というわけだからその手を離そうか、仙蔵」
「断る」

 一ヶ月ぶりに実家のある町に帰省(というほど大学と実家は離れてはいないけれど)した僕は、挨拶をしに行った先ではす向かいの家に住んでいる幼なじみと相対していた。
 すらりと嫌味なほど整った顔立ちと体つきのその幼なじみは、自分の家でもないくせに堂々と寛いでいる。炬燵にあたって、腕の中に女の子を抱いて。
 この家の一人娘で、僕と彼の共通の幼なじみである彼女は、ちょっと困ったような顔をしてこんにちはと挨拶をしてくれた。
 久しぶりだねと声を掛けた僕は、更に言葉を接いで彼女と話したい気持ちを抑えて、彼女を後ろから抱きしめている幼なじみ、仙蔵を睨みつけた。

「仙蔵、乱ちゃんが困ってるだろ?今すぐ離れなよ」
「乱、蜜柑が欲しいなら遠慮なく言えと言っただろう?取ってあげるから」
「えっと…」
「そういう困るじゃないから!離れろって!」
「わぁ、伊作お兄ちゃん落ち着いて!あの…仙蔵さん、お茶をいれてくるのでちょっと良いですか?」
「分かった」

 僕がどんなに睨みを効かせても動こうとしなかった仙蔵は、乱ちゃんが申し訳なさそうに言うとあっさりと彼女を解放した。
 立ち上がった乱ちゃんは、僕に向かって、今お茶を持ってきますねと笑って居間を出ていった。

「せっかく乱と幼なじみのスキンシップを取っていたというのに…どうしてくれる、伊作」
「あのね、あれのどこが幼なじみのスキンシップなんだよ!僕にはただの恋人にしか見えなかったけど」
「実際に恋人なのだからあながち間違いではない」
「嘘!?」
「嘘だ」

 この野郎…

 僕は仙蔵が座っている向かいに腰を下ろした。昔から人をおちょくるのが好きな仙蔵は、この手の嘘で良く僕や、ここにはいないもう一人の幼なじみをからかっていた。
 まあ、騙される僕らも僕らなんだけど、やっぱり良い気はしない。

「仙蔵、お前本当にいい加減にしてくれないかな…その気もないくせに乱ちゃんと恋人になったとかならないとか」
「騙されるお前が悪い。それにその気もないくせにとは心外だな、私は本気で乱を嫁にしようと思っている」
「ええ!?そ、阻止!断固阻止する!乱ちゃんは仙蔵にはあげません!!」
「お前は乱の父親か」
「いいえ兄です!」
「変わらんわ、阿呆」

 そう言うと仙蔵は目を伏せて大きくため息をついた。
 僕は仙蔵の次なる攻撃を警戒しながら、炬燵の上に積まれた蜜柑をひとつ手に取った。剥いた皮から汁が飛んできて目にクリーンヒットして痛みに耐えていると、いつの間にか仙蔵がこちらを見据えている。すごく、真剣な目だった。

「本当にお前は面倒だな」
「なんとでも。乱ちゃんは僕が守るって決めてるからね、仙蔵でも容赦しないよ。乱ちゃんと付き合いたいなら顔洗って出直せ」
「違う、そういう意味ではない」
「は?」
「大切な幼なじみでしかないと思い込んでいる辺りが、面倒なんだ」

 それは一体どういう意味だと問い掛けようとした瞬間、乱ちゃんが部屋に戻ってきた。彼女からお茶を受け取ると、再び膝の上に座らせようとする仙蔵と言い合いになって、結局あの言葉の意味は分からないまま、僕は今日も願ってる。


 大切な幼なじみである乱ちゃんが、どうか今日も笑顔でいてくれますように、と。


(…その願いに「できれば僕の隣で」という文句が無意識に隠されていたことを、仙蔵の魔の手から乱ちゃんを守るのに忙しかったその時の僕は、気付いていなかった。)




大切なただの幼なじみ

(だったんだ、その時までは、確かに)


_ _ _ _ _

 乱ちゃんが仙様に抱きしめられて困ってたのは、いさっくんが来たからお茶をお出ししないといけないのにどうしよう的なことを考えていたからです。
 抱きしめられるの自体は困ってません。仙様が恋愛的に好きだからとかではなく、幼なじみのお兄ちゃんなので安心してるという。
 完全に度外視されている仙様でした。そして乱ちゃんは鈍感さん。


お題:確かに恋だった

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