因果応報と知るべし
「ねぇ、これは?どうかな?」
「あ、かわいい!似合うと思う!」
「うーん、でもちょっと色がなぁ……」
「大丈夫だよぉ!全然いける絶対いける!」
「そう?」
なんかとってもかわいい女の子が二人いる。彼らはそう思った。
休日のショッピングモール、婦人服やティーン向けの店が並ぶ一角。今年の流行色とマネキンたち、そして買い物に興じる女性たちを見つめる二揃いの目があった。
仮に青年Aと青年Bとしておこう。もちろん二人にはきちんとした名前もあるのだが、このあとに起こる事件は彼らにとって大変不名誉なものとなるので、あえて秘しておきたいと思う。それなりにイケメンで、いまどきの若者らしい服装に身を包み、いかにも軽薄そうな笑みを浮かべているということだけ、わかっていただければ支障ない。
二人はいわゆるナンパのためにそこにいた。それなりにイケメンであるため、ナンパの成功率は悪くなく、(こういう言い方をするのは直接的すぎるかもしれないが)女の子たちを引っ掛けてはつまみ食いし、あとははいサヨナラ、を繰り返してきた。
はっきり言おう。女の子の敵である。
そんな二人がその日目をつけたのは、店先でワンピースを物色していた二人組だった。
ひとりはワンピースにカーディガンというシンプルな格好の少女だった。肩辺りまである艶やかな黒髪を揺らし、大きな瞳を瞬かせ、笑っている。自然とひとの目を集める少女だ。たいていの人間が、彼女は美人であると表現するであろう。すらりと伸びた手足は長く、ワンピースの下に隠れた身体はスタイルの良さを思わせた。
もうひとりはシンプルな水色の開襟シャツにカーディガンを羽織り、柔らかそうなフレアースカートに身を包んだ少女だった。茜色の髪を耳元の低い位置でひとつにまとめ、肩から前へ流している。特別美人というわけではなかったが、笑うと花が咲くように周りが明るくなる。かわいい、という形容がぴったりな少女だった。
歳の頃は十代後半から二十代前半といったところだろう。美少女と愛らしい女の子という二人連れ。彼らが声をかけないことがあるだろうか。いや、ない。視線を交わし合い、にやりと笑った青年Aと青年Bは、会計を終えたらしい少女二人へとさりげなく近づいた。
「こーんにちはっ」
「え?」
「こ、んにちは?」
青年Aが二人の前に回り、にこやかな顔で声をかける。突然の他人の乱入に、二人は驚きの表情を浮かべた。黒髪の少女は訝しげな表情を、茜色の少女はきょとんと目を丸くして、青年Aを見つめた。
間近で見るといっそうかわいい、なんてことを考えながら、足を止める。それにしたがって少女たちが足を止めたのを内心ほくそ笑みつつ、彼は手にしていたハンカチを差し出した。
「呼び止めたりしてごめんね。これ、落としたのきみらかなと思って」
「えっと……私のじゃ、ないです」
「私のでもないです」
当たり前だ。青年Aが手にするハンカチは、彼の持ち物なのだから。声をかける口実作りのために利用したそれと少女二人を見比べた。まさか、きみたちのものじゃなかったとは考えなかったと、そんな顔を作りながら、である。
「え?マジ?ちがうの?」
「ほら、だから言っただろ?」
いかにも好青年ですよといった顔をしながら、青年Bが青年Aに近づいた。
「ちゃんと確認もしないで声かけるなって」
「でも、絶対そうだったんだって!この子たち二人のうちのどっちかの鞄から落ちたように見えたんだって!」
「あーはいはい。……ごめんね、こいつがいきなり声かけたりして」
噛み付くふりをする青年Aを流す演技をして、青年Bは少女ふたりに謝罪した。不自然に見えぬよう、苦笑いつきである。
「あ……いえ」
「気にしてないですよー」
さて、どう転ぶだろうかと思っている青年二人の前で、少女たちはどこかほっとしたような表情を浮かべた。どうやら、本気で青年Aが「ただ間違えて声をかけただけ」だと思っているらしい。
ああ、これならすぐ落ちるなと青年二人は確信した。さして労せずにイケそうだと、心の中で高笑いする。詰めはまだ先だが、入口としてはこれ以上ないほどの好感触。油断して当然とも言えたのだ。
これまで幾度となくナンパを成功させてきた彼らは、経験に裏付けられた己の勘を信じていた。確かにその勘はよく当たるものであったし、この日もそのままいけば、少女二人を組み敷くことも易いことだっただろう。
だが残念なことに、いたいけな少女を食うという未来は来ないこととなる。それはなぜか。
邪魔が入ったからである。
「……このふたりに何か用?」
その青年は、いつの間にかそこにいた。少女二人の背後に現れた彼に、青年AとBは心臓が飛び出るかと思った。近づいてくる気配が全くなかったためである。
背丈は180センチほどあるだろうか。しっかりした身体つきの、イケメンというよりは男前という言葉の相応しい青年だった。
彼の登場に、少女二人はさして驚くこともなく、おっとりと声をかける。
「あれ、康平」
「こうちゃん、買い物終わったの?」
「うん。……で、この二人は?」
康平、と呼ばれた彼の目は明らかに青年たちを疑っていた。近づいてくる気配がなかったことに驚いていた青年AとBは、慌てて事情を説明する。
ちなみにこの時点で少女二人をお持ち帰りするなんて思いはショッピングモールの外まで吹き飛んでいた。序盤でいきなりラスボスにエンカウントしたかのような気分である。勝とうと思えない。
いつもなら、邪魔してくる輩に対してはもっと毅然とした態度で望むのだが、今回は相手が悪かった。なにせ彼は気配を察知されずに、自分たちの背後ならまだしも目の前に現れたのだ。ずっと目を向けていたはずの、目の前に。恐ろしくなって当然である。
ハンカチを落としたと思って声をかけました。勘違いでしたすみません。
概ねそんなようなことを口にした青年ふたりに、彼の目が釣り上がる。あ、ヤバい嘘だってバレたかも。いかにも体育会系ですといった出で立ちの彼に、冷や汗が背を滑っていった。
「ああ、そうだったんですか。てっきり俺はナンパかと思って」
その通りですすみません。冷たい目にさらされながら、青年ふたりは一刻も早くこの場を立ち去るにはどうしたらいいか、そればかりを考えていた。もう一度謝って退散しよう。そう思ったふたりが、ほぼ同時に口を開いた瞬間。
「あ、三人ともここにいたのか」
増えた。気配を感じさせずに近づいてくる人間が、増えた。しかも背後を取られた。
びくっと肩を揺らして青年ふたりが恐る恐る振り返ると、そこには、ひとりの男性が立っていた。腕に幼い少女を抱えている。おそらく、少女の父親だろう。冷たい目を注ぎ続けてくる青年よりいくらか背が高く、体格も良い。少女を抱える腕は、殴られたらヤバそうだと青年ふたりに思わせるに十分だった。
「あ、お父さん!」
「平太も買い物終わった?」
「うん。待ち合わせ場所に行くところだったんだけど……あの、どちらさまですか?」
平太と呼ばれた男性が青年ふたりに目を向ける。決して、青年ふたりも背は低くないのだが、見下ろされているような気分に陥った。康平と言うらしい青年のように睨んでくるわけではないのに、恐ろしくて仕方ない。
「ああ、この二人はね」
「わーっ!」
「い、いや、オレらなんでもないんで!」
前を康平、後ろを平太に囲まれた青年AとBは、可及的速やかにその場を離れるべく、横へ逃げると早足のまま手を挙げた。それを「サヨナラ」の意味で捉えたらしい少女ふたりは同じように手を振ったが、彼らの気分としては降参の意味である。
さっさと失せろと視線で言う康平と、首を傾げて訝しげな顔をしている平太から一刻も早く離れたいと、彼らは早足を駆け足へと速めた。
こうして、青年ふたりのナンパは、失敗に終わった。
「……結局あのふたりはなんだったの?」
「ああ、あのふたりはね……ハンカチ落としませんでしたかーって話し掛けられたんだけど……」
「私のでも亜美のでもなかったんだよ。間違えちゃったみたいだね」
「……その割にずいぶん慌てて行っちゃったけどなぁ」
「父さん」
「ん?どうした康平」
「……あとで話がある(今回の件と母さんと姉さんの身の安全について)」
「ああ……うん。わかった」
「ままー!おねーちゃん!」
「はぁい、なぁに?」
「留美ちゃん、どうしたの?」
「さっきねー、おじちゃんたちにあったのー!ままとねーおねーちゃんにねーあいたいってねーゆっててねー」
「おじちゃん?」
「たち?」
「ああ、善法寺伊作先輩たちだよ。さっきまで一緒だったんだけど……あれ?」
「どっかいっちゃったねー」
「(多分どっかからさっきのやり取りを見てて、今頃さっきのふたりに鉄槌下してるんだろうな……)」
その一時間ほど後、ショッピングモールの端で真っ白になってうずくまる青年ふたりが見かけられたというが、真実であるかどうかは、わからない。
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ちっこいのとかわいいのとで年齢相応に見られない乱ちゃんママとそんなママと姉妹か友人にしか見られないお姉ちゃんはよくナンパにあいますよという話でした。そしてそんなふたりを平太パパと弟くん(とその他大勢)が守ってるよ!みたいなね!
平太は(今回は)割と穏やかな感じでしたが、ナンパだとわかった場合は容赦しません。殴るとか暴れるとかではないですが、言うべきことはきちんと言います。絶対引かない無敵の壁。
弟くんは父親譲りの恵まれた体格と母親譲り(…?)の運動神経を生かして多分柔道とかやってます。ナンパ野郎は多分投げます。投げます。
今回は下坂部お花ちゃんズの親衛隊の皆さんがいろいろやってくれたみたいですね!怖いな!
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