2013/8/25 小話(文乱♀)
・女体化、成長注意
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ぱたぱた、と。常磐色の目から涙を散らして、乱太郎は訴えた。
「一回だけで、ひとつだけで、いいんです……」
くちづけをくださいとその唇が掠れた音を零す。縋り付いてくる温度が愛しくもあり、ああ、こいつは何も分かっていなかったのかと小さな苛立ちも沸き上がった。
俺がこいつを好いていると知らないから、ひとつだけでいいと言うのだろう。それで諦めるから、と。そう言いたいのだ。
ぎりりと唇を噛み締める。きっと、何を口にしてもこの娘は笑わないだろう。貴方は優しいから、と首を横に振るだろう。ならば。
「先輩……」
「……っ!」
「へっ……きゃっ」
細い体を抱き寄せる。驚愕に丸くなった乱太郎の目から、ぱたぱたと涙が散った。それが地面へ吸い込まれる前に。文次郎は乱太郎の唇へ口づけた。
「んっ……」
最初は、唇と唇を押し付け合うだけで済ませるつもりだった。だが、沸き上がってきた愛しさとも怒りとも、色欲とも取れぬそれが、一度離れた唇を再び引き寄せられる。
「ん、ぅ……んっ!」
「……っ」
薄く開いた隙間へ舌を差し入れた。びくりと手の中で乱太郎が身を固くするのが分かったが、彼は止めなかった。嫌ではないだろうと、次第に力が抜けていく体を更に強く抱き寄せながら思う。
これで、届け。頼むから、あんな悲しいことを言ってくれるな。そう思いながら、乱太郎の小さな舌を吸った。
「……」
「……」
唇が離れる。間近で見つめあう。
「せ……んぱ……」
「……一回、でいいのか」
絞り出した声に、乱太郎の目が揺れた。
「本当にお前は、一回だけでいいのか?」
「……へっ」
「俺は…っ!俺は、一回だけは……嫌だ!何度でも……」
言ってすぐに後悔する。もっと上手い言葉で言えたらよかったのに。熱に突き動かされるままに言ってしまったが、もっと伝えるべき言葉があったのではないか。さっきのくちづけで伝えられていなかったら。
「私も……」
視線をさ迷わせていた乱太郎が、小さく呟いた。今度は彼の肩が揺れた。そうして揺れた腕にそっと、乱太郎は触れる。
「本当は、私も……一度きりは、嫌なんです」
そして、乱太郎は顔を上げた。その常磐色の目には未だ、涙が光っていた。けれど、その色はもう、悲しい色ではなかった。
【くちづけから伝わる愛】
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