2012/10/9 小話(三は乱♀)



・小話です
・三はの二人が乱お嬢様(ごさい)の執事やってる現代パラレル
・女体化、現代パラレル、成長、幼児化注意です


 猪名寺家子女の猪名寺乱(五歳)には歳の離れた兄がいる。勘右衛門という名を持つ彼は今年二十六歳を迎えた社会人で、猪名寺物産の社員として働いていた。
 人当たりも良く、性格は穏やかでおおらか、少々苦労性なところもあるが、好青年として通っていた。実は彼は猪名寺夫婦の実の息子ではないのだが、夫婦はたいそう彼を可愛がっていたし、乱もとてもよく懐いた。
 そう、とてもとても、よく懐いているのだった。


 夜である。まだ乱お嬢様が寝台に入るには少しだけ早い時間のことであった。

「とーない、くすぐったいのー」
「こらこら、ダメですよお嬢様。あと少しですから暴れないでくださいね」
「はぁい」

 専属の執事の一人である数馬にお風呂に入れてもらった乱は、同じく専属である藤内に髪を乾かしてもらっていた。ドレッサーの前にちょこんと腰掛け、お気に入りのくまのぬいぐるみを抱きしめて大人しくしていたのだが、段々と飽きてきてしまったのかふらふらと頭が動く。
 茜色の髪が揺れる度に本日のドライヤー係・藤内はあと少しあと少しと乱に言い聞かせる。言い聞かせてすぐは乱も大人しくなるのだが、2分3分と経つうちに再びそわそわし始め、藤内を困らせた。

「とーない、まだー?」
「もう少し、もう少しです」
「ぶー」

 完全に飽きてしまっているようだ。鏡の中で頬を膨らませた乱に苦笑しながら、藤内はふわふわの髪に触れた。
 もう十分水分は飛んだように思えるが、念のため、もう一度全体に温風を当てる。最近寒くなってきたから、風邪をひかないようにと念入りに水分を飛ばした。

「はい、終わりました」
「わーい!」

 藤内がドライヤーのスイッチを切ると、真っ逆さまに下降の一途を辿っていた乱の機嫌が一気に跳ね上がる。ぴょいっ、と椅子から降りた乱はベッドへ走り寄ろうとして、途中で現れた青年に捕まった。

「走ると危ないですよ、乱様」
「かずま!やーん、はなしてー」
「こらこら、暴れたらいけません。そんな乱様には抱きしめの刑です」
「きゃあー!」

 きゃらきゃらと楽しそうに声を上げる乱を甘い甘い笑顔で見つめる数馬は、同僚から向けられる冷たい目線にちらりと目をやった。

(何、その目。そんなに羨ましい?)
(べ、別に、うら、羨ましくなんか…ッ!)
(嘘つきだなぁ、思いっきり羨ましいって顔に書いてあるよ?自分も乱様にこんなことしたいってね!)

 表情だけで以上のようなやり取りをした後、数馬は乱の頬に己の頬を擦り寄せた。悲鳴にならない悲鳴が藤内の口から漏れ出る。
 乱をお風呂に入れるという幸運(と表現してしまう辺り執事二人の乱溺愛っぷりが見て取れる)を勝ち取った上、乱が嫌いなドライヤータイムを回避し、更に乱を抱きしめたに飽き足らずしまいには乱のふくふくの頬に擦り寄るなど、普段の数馬が持つ実に不名誉なあだ名(「不運執事」という)からは想像もつかぬ幸運に、藤内がぐぬぬと唸ったとき、それは起こった。

「あっ!」
「えっ?う、うわぁっ!」
「乱様!」

 乱が突如、数馬の腕を抜け出したのである。

「乱様危ない!」

 伸ばされた藤内の手を華麗にスルーし、乱はしゅたっと床に着地を決めた。執事二人がほっとしたのもつかの間、乱は一目散に部屋の入口へ駆ける。しかも、五歳とは思えぬスピードで。

「乱様!?」
「乱様いずこへ!」

 慌てて後を追う執事二人を尻目に、乱は部屋を飛び出すと階下へ繋がる階段へと走る。そして制止を求める執事の声も虚しく、乱はカーブした手摺りに飛び上がると、そのまま滑り台の要領で階下へと降りた。
 うぎゃあああっ乱様なんてことを!と叫ぶ藤内と階段を文字通り転がり落ちた数馬が屋敷のメイド長に怒鳴られたのと同じタイミングで、玄関ホールに間延びした声が響いた。

「ただいまぁ」

 それは、帰宅した乱の兄、勘右衛門の声であった。乱は彼の帰宅を察知したため、あのような行動に出たのだった。

「おにいたま!おかえりなさい!」
「おっ、と!ただいま、乱」

 いい子にしてたか?と飛びついてきた乱を見事に片腕でキャッチした勘右衛門は、可愛い妹に笑顔を向ける。乱もだいすきな兄の帰宅が嬉しいのか、満面の笑みで勘右衛門に抱き着いた。

「いいこにしてたよ!」
「お勉強は?」
「きょうはね、おうたうたった!」
「おうたかぁ」
「あとね、えもかいたの!おにいたまのえもかいたよ!」

 きゃっきゃっとはしゃぐ乱を片腕に抱えながら、勘右衛門はくるくるとダンスするようにステップで円を描いた。アニメや漫画であれば背景に花が舞いそうな雰囲気である。

「おにいたま、おしごと、よくできました?」
「ああ、お兄ちゃん今日も頑張ったぞ〜」
「おにいたまえらいねー、すごいねー!」
「ありがとう、乱」

 小さな手を一生懸命に伸ばして、乱は勘右衛門の頭を撫でた。少々照れ臭そうにしながらも勘右衛門はとても幸せそうである。それが伝わったのか乱の笑顔も更に眩しさを増したのであった。



「解せぬ」

 ぽつり呟いたのは藤内であったか、数馬であったか。あなたたちはいつもいつも落ち着きが足りないですよ云々とメイド長に説教を食らう二人は、それはもう恨めしそうに勘右衛門を見つめていたということである。


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 猪名寺屋敷の天国と地獄。




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