「接近」
結局、今日は部活の時も全く話せなかった。
目を合わせるのもつらくて、若から逃げるようにしてしまった。
「#姫子#さん、俺片付けてきます」
「あ…工くんお疲れ様。ありがとう。」
床のモップがけをしていたら、タオルを首にかけた工くんが、同じくモップをかけ終わって駆け寄ってきた。
渡したモップを受け取ると、用具室に向かって走っていき、ものの数秒で帰ってきた。
「わぁ、早いね!ありがとう。」
「イエイエ!これくらい朝飯前っす!」
どんと胸を叩く工くんは、まだ一年生ながらとても頼もしい。
「あの、日和さん。」
「え、なに?」
工くんが突然真剣な声になるので、わたしはびっくりしてしまった。
「あの…非常に聞きにくいですけど、」
「は、はい。」
「牛島さんのことは…その、どう、思ってるんですか…?」
「え…?」
ドキ、とした。
どうして?と先ず思った。
どうしてそんなこと聞くの?
「え、えと…ど、どどう、」
「ねぇちゃーーん!けーるべー!」
「わぁ!」
突然入り口から聞こえてきた声に、肩が大きく跳ねる。
「なっ…ひ、光!?」
「むっ…。」
あからさまに嫌そうな顔をした工くんが気になったけど、わたしは救われたような気分で光の元に駆けていった。
「光、今日は早く終わったんだね…。」
「うん!バレー部の体育館、まだ電気ついてるなって思って来た!」
「…よう、お疲れ、光。」
「…お疲れ、工。」
「あれ、2人共同じクラスなんだっけ?」
2人は笑顔なのに、わたしには火花が飛んでるように見えるんだけど、なにこれ…。
「おい工、姉ちゃんに迷惑かけんなよ!」
「えぇ!?め、迷惑なんて、工くんは…、」
「なんだと!俺は日和さんが心配でっ…!」
「…姉ちゃんのなにが心配なんだよ?」
「えっ?」
じとーっと睨む光に、工くんはびっくりしたようだった。
「え?光、お前…もしかして、何も…。」
「?なんだよ。」
「へ?……え?なに、この雰囲気…?」
「ふーん…そっか、光は……ふぅーん…。」
光は、ニヤニヤと笑う工くんを睨みつける。
「じゃあ、日和さん、お気をつけて!また明日!」
「え?…あ、でもまだ片付け…、」
「後は大丈夫ですよ!今日も自主練やるんで。」
「あ、そう?…じゃあ、また明日…。」
靴を履き替え、光と歩き出したわたしたちにブンブンと手を振ると、工くんはウキウキとした足取りで、体育館の中に戻っていった。
蒸し暑い夜の帰り道。
わたしは弟の光と、街灯だけが作る明るさの中を歩いていた。
「…この間、工に姉ちゃんのこと聞かれたよ。」
他愛ない会話の切れ目に、光がぽつりと呟く。
「え、工くんが?わたしを…?」
「うん。怪しかったから黙秘権を行使してなんとかやり過ごしたんだけど…。」
「え?な、なに難しいこと言ってるの?」
やけに真剣な顔の光に、わたしは戸惑ってしまった。
「…姉ちゃん仲良いの?工と。」
「仲良いっていうか、後輩だから…可愛がってるよ。一生懸命だし…若に対抗心燃やしてるんだよ、すごいよねえ。」
「…ふうん。」
「光も工くんとは仲良しなの?」
「んー…まぁよく一緒に居るけど…。」
光は、語尾を濁して、またすぐに話題を変えてしまった。
続く
公開:2016/12/19/月
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