Winter Love
寒くなってきたこのごろ。
小さなアパートの一室で、同棲を始めた私と、彼氏の宗一郎。
2人はもう22歳。
そろそろかと思い始めるこのごろ…。
Winter Love
今日、宗くんは久しぶりのお休み。
嬉しくて仕方がない私。
朝食はとっくに作り終えていて暇だったので、宗くんの寝顔でもゆっくり観察しようと寝室に向かった。
歩きながら昨日の夜のことを思い出して、自然と顔がニヤけてしまう。
部屋に着くと、宗くんが「んんーっ」と、小さく声をもらした。
「おはよう」
「あ…おはよう。今何時?」
「8時半だよ」
「え、うそ。ずいぶん寝てたなぁ…」
「久しぶりのお休みだから、無意識にいっぱい寝たかったんだよ、きっと。ここのところ仕事ばっかで、疲れてたんだね」
うーん、そうなのかなぁ、と、まだ少し眠たそうな目をこすりながら、ゆっくりと上半身を起こした。
「あ、無理しないでね。まだ寝てたかったら、寝てていいんだよ?」
「いや、せっかくの休みだから、少しでもこころといたいよ」
前触れもなくそんな恥ずかしい言葉を言われて、顔に熱が集中するのがわかる。
宗くんはすごいなぁ。恥ずかしがることもなく、平気で言ってのけちゃうんだもんなぁ…。
二人でキッチンとつながっているリビングで、朝食を摂る。
ゆったりと時間が流れる。
「ねぇ、今日はどうする?」
「そーだねぇ。何かしたいことはある?こころ」
したいこと、か。
宗くんと一緒にいられればそれでいいよ、なんて、恥ずかしくて言えるわけがない。
こことひとまず、
「私は特にはないよ」
笑顔で言った。
そしたら、宗くんもやさしく微笑んだ。
「そっか」
しばらく会話が途切れる。
数分後、宗くんが口を開いた。
「じゃあ、家にいたいか、外に出たいかは?」
「ん〜」
12月中旬。
結構晴れている今日だけど、外はきっと凍えるような寒さなんだろう。
ちらっと見た窓の外には、大きな葉の付いていない木が、少し揺れていた。
「夕方には、お夕飯の買い物がしたい」
「うん」
「それと…」
「うん」
「ん〜…それ以外、外に出る予定はないよ」
「そっか。じゃあ、今日は寒そうだし、家の中で過ごそうか。どう?」
「異議なーし」
それから他愛のない話をして、朝食は食べ終わった。
暖房が、部屋を適度な温度に保ってくれている。
お昼を食べ終え、大きくてふかふかしたソファの上に、2人寄り添って、思い思いの時間をすごす。
宗くんは、バスケットの雑誌を読んでいた。
「…仙道、日本代表になったんだな」
「…えっ? 仙道…くんて、あの、綾南の?」
「そう。山王ばっかの日本代表に、入れたんだって…すごいな」
「わ〜すごいね!」
「牧さんが日本代表になったことって知ってるっけ?」
「えぇっ!? 知らなかった…!」
そういえば、と、ふと思い出す。
宗くんは、大学ではバスケットのサークルに入っていた。
活躍する宗くんに、いくつかの社会人チームから誘いの声が入ったらしい。
しかし、すべて断ったのだそうだ。
なぜか、と聞いたら、笑って流された。
その後、おなじく社会人チームに誘われ、入団した一つ下の清田くんに聞いたことだが、宗くんはやはりすごく迷い、牧さんに相談をしたらしいのだ。
その結果、入団はやめ、仕事と私とのことに専念すると決めたらしいのだ。
それを聞いた時私は、びっくりして、私のことはいいから大好きなバスケットをしたら、と言った。
私のせいで宗くんから大好きなバスケットを取り上げたくない、とも言った。
無意識に涙が流れていた。
でも宗くんは、こころのせいじゃないよ、俺がそうしたいからそうしたんだ、と言われた。
あのとき、泣きじゃくる私を抱きしめた宗くんの腕は、いつの間にかすごく逞しくなっていて、バスケットのおかげなのかな、と思うと、さらに涙が流れていた。
焦りは、感じないのだろうか。
私は、宗くんはだれよりも根気強くて、負けず嫌いだと思っている。
憧れの先輩が…同年代の、かつて戦った高校のエースが…更に自分を尊敬していた後輩が、どんどん上に行って、俺も、とは思わないのだろうか?
玄関に、バスケットボールがある。
ときどき公園や公民館などにあるバスケットゴールで、練習をするのだ。
今思えば、もう少し生活が落ち着いたら、社会人チームに入りたいと思っているのだろうか。
編み物をしていた手を止めた。
「宗くん、バスケット、しようか」
「…え、どうしたの突然?」
不思議そうな顔をこちらに向ける宗くん。
「こんな寒い日だからこそ、体を動かしたほうがいいのかな、なんて思って…あ、いやならいいんだけどね?」
なぜかあわてる私を見てふふっと笑ったかと思うと、雑誌を閉じて、立ち上がった。
「じゃ、行こうかな」
パチッ
「わぁっ!」
「あはは…静電気だね」
「びっくりしたぁ…」
外は晴れていたが、やはり寒かった。
乾燥した空気がのどを乾かしていく。
カシャン、自転車のカゴにボールを入れる。
乗って、と言われて、私は宗くんに助けを借りながら、荷台に乗った。
ゆっくりと走りだす自転車。
頬をさす風が痛い。
宗くんの背中に頬を押しつける。
数十分かかってついた公園には、小さな子どもたちが、寒さを知らないのか、と思うほど元気に走り回っていて、そのほほえましい光景に目を細めた。
ダン、ダン
規則的にドリブルする音が聞こえて、宗くんをみると、ゴールから少し離れたところに立っていた。
3Pだ、と、すぐに気付いた。
同時に、驚いた。
そこには、3Pラインがなかったからだ。
高校時代、練習後毎日毎日、500本打ち続けていたのだ。
それは大学でも変わらず、彼はトップレベルの3Pシューターとなっていたのだ。
私は、見とれていた。
そのシュートフォームは、きれい、とか、美しい、とか、そういう言葉がよく似合った。
時が止まったような、そんな感覚が私を支配する。
空を切る音、ゴールに吸い込まれる音、ゆっくりと、真下に落下するボールがバウンドする音。
すべてが美しかった。
なによりも、宗くんが、輝いて見えた。
何分…何十分、そのままだっただろうか。
いつの間にか、私の横には、さっきまで走り回っていた子どもたちが、物珍しそうに宗くんを見ていた。
「わぁー…にーちゃんすげぇー!」
「すごーい! きれー!」
「もっかいやって、もっかい!」
きゃあきゃあと騒ぐ子どもたちに気付いた宗くんは、ああ、いいよ、とさわやかに微笑んで、もう一度シュートの態勢になった。
子どもたちは、食い入るように見ている。
シュッ。
パスッ。
ダンッ、ダンッ。
落ちたボールを私が広い、宗くんにパスを回す。
「すげー!」
「おにーさん、ぷろのばすけっとせんしゅ?」
「いや、違うよ」
苦笑して言う宗くんに、少し胸が痛んだ。
「えー? おにーさん、ぜったいなれるよー」
「なりたくないからならないの?」
「はは…あのね、なりたくてもなれないものって、たくさんあるんだよ」
こんな話はまだ早いかな?と微笑む宗くん。
ボールを持ったまま、私と子どもたちのほうへ近づいてきた。
子どもたちに目線を合わせるようにしゃがんだ宗くんに、子どもたちは質問攻めした。
「ねーねーおにーさん、このおねーさんは?」
「このおねーさんはね、俺の彼女なんだよ」
「かのじょー!?」
「おねーさんはぷろのばすけっとせんしゅ?」
突然話を振られて、驚いた私は、あわてて否定した。
「えぇっ私? 私は全然…全然違うよ! バスケットは…中学までで…」
「あはは…なんで慌ててんの?」
宗くんに笑われた。
「なぁーんだぁ〜」
「ぷろじゃないんだぁ〜」
「なんでそんなにプロがいいの?」
「あのねー、ぼく、ぷろのばすけっとせんしゅになりたいんだー!」
無邪気な子どもの夢に、私はつい微笑む。
「そうなんだぁ〜」
「あのねー、ぼくのお父さんね、このまえにほんだいひょうになれたんだよ!」
「おまえそればっかだよなぁー」
え。
私と宗くんは顔を見合わせた。
まさか…。
「そのお父さんって…」
「ねぇ、ボク、名前は?」
「“せんどう”たけひこ!」
私と宗くんは、しばらく言葉が出なかった。
こんな偶然もあるのか…。
そうか、この子が仙道くんの子どもなのか…。
驚きと同時に、親をしっかり見ている子どもに、憧れも覚えた。
「そうか…」
宗くんがにっこり笑って、仙道くんの子どもの頭をなでた。
「努力すれば、きっとプロになれるよ。あと、君の場合は…お父さんの指導をよーく受けることだね」
はぁい
元気よく返事をした仙道ジュニア。
あたしたちもどりょくしよ!
と、女の子が輝く瞳で言った。
努力――。
なんだか、胸に突き刺さる言葉を聞いたような気がした。
『努力、ね……。彼、神君が、まさに海南を象徴する選手なのね』
『ハイ、彼は海南で一番と言っていいくらいの努力家です。天性の才能よりも、努力で、海南のユニフォームをもぎ取ったんです』
子どもたちと別れ、自転車にまたがる。
携帯の時計で、もう夕方になっていた。
いつの間にか暗くなっていた。
曇ってきたのだ。
「買い物して、帰ろっか」
「うん、そうだね」
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る…
スーパーに向かう途中、大通り。
どこかの店頭から流れた音楽に、実感する。
今日って、クリスマスイヴ…。
すっかり忘れていた。
「クリスマスイヴだね」
宗くんがつぶやく。
そうだね、と私がつぶやく。
頬をさす風が、痛い。
スーパーで買い物をしているとき、私たちの部屋には、クリスマスツリーがないことを思い出す。
「さすがにおっきいのは無理だから、ちっちゃいやつ買ってこうか」
「いいね!」
夕飯は何にしようか。シャンパン飲もうか。
二人でする買い物はあっという間だ。
スーパーでの買い物を終え、近くの雑貨屋で、人間の顔くらいの高さの、机上におけるサイズのクリスマスツリーを買った。
こんな小さな一室ではあるが、明かりを落としてキャンドルを灯せば、なるほど雰囲気はでる。
お夕飯を終え、片付けも終え、二人並んでソフトに座る。
それぞれ目の前に、ゆらゆら揺れるキャンドルの炎を眺めていた。
その横には、小さなクリスマスツリー。
「……」
「……」
電気を消してから、なんとなくなにも言わなくなる二人。
くっついた箇所から熱が伝わる。
ふと思う。
……宗くんが、今なおバスケをしていたら、こんな風に、イベントのある日に寄り添っていることもままならないのだろう。
バスケのことを考えると、ついつい複雑な気持ちになってしまう。
バスケを続けてほしい気持ちと、宗くんとずっと一緒にいたい気持ちが交差して、矛盾を生み出す。
だけど、どこかに、私を選んでくれたことに、安心している自分がいる。
「こころ、何考えてるの?」
「んー……宗くんのこと」
宗くんの広い肩に頭を乗せる。
更に私の頭に自分の頭を乗せる宗くん。
宗くんの右腕に自分の腕を絡めてみた。
「こころ、あのね」
「うん?」
「……」
ためらって、いるようだった。
なんとなく緊張しながら、宗くんの決心を待った。
数秒経って。
「俺は、こころを選んで正解だったよ」
「!」
はっとして宗くんの顔を見ると、キャンドルで軽く影のかかった宗くんは、迷いのない笑顔だった。
「……宗くん…」
「これが、俺の選んだ道、俺の選んだ人生だから」
宗くんは、それ以上多くを語らなかった。
その代わり、私と向き合うように座り直した。
自然と私も座り直す。
「こころ愛してる」
「うん」
「これからもこころのために働いて、こころと一緒にこうやってグダグダしたいな」
「う…ん」
「こころ、俺と結婚してくれる?」
ただ、ただ、頷いた。
言葉よりも、涙が溢れて止められなかった。
私はなんて幸せ者なんだろう。
何があっても絶対についていくよ。
「あり…がと……」
「こころ愛してる」
「私も、宗くん、愛してる」
「おっ、来たな、清田」
「牧さんっ!!」
スポーツバックを肩にかけた清田は、喫茶店の奥にいた牧を見つけて駆け出した。
「おー、清田、少し背が伸びたなぁ」
「そうなんっすよ〜!俺もあと2センチ伸びたら180ッスよ!」
「はは、それでもまだまだ小さい方だがな」
うっ……、清田は軽くショックを受ける。
「で、どーなんすか?日本代表!!」
清田が、目を輝かせて聞いた。
「……そうだな、まぁ、楽しくやってるよ」
山王出身だらけの日本代表。
その中で、海南出身の帝王・牧は、なかなか上に上がれなかった。
年下がレギュラーになり、同い年がスタメンになるが、未だにドリンク配りをしていた。
「……仙道さん、は?」
「あぁ、あいつか」
綺麗に磨かれた窓の外を眺める牧。
目の前の歩道を、小さな子ども達がバスケットボールを抱えて駆けていった。
「あいつは……まぁ、これからだな」
運ばれてきたコーヒーに口をつける。
今まで、ブラックなんて苦くてとても飲めなかった清田だが、今やその苦さが好きになっていた。
「……どうしてんすかねぇ、流川とか、あの……北沢?とか」
「沢北、な」
湘北対山王……
あの激戦の後にアメリカに発ったエース沢北。
流川は全日本ジュニアに入り、後にアメリカに行った。
「アメリカのことはわかんねぇや」
くしゃっとした笑顔で、清田が言った。
牧は、ふ、と笑う。
「他人気にする前に、自分はどうなんだ?」
少し意地悪な笑顔で問われる。
ギクッ。
「えとー……俺は……」
社会人チームに入った清田。
「スタメンにはなれたんすけど……」
フリーだった自分にパスを出してくれない先輩。
下手なパスに翻弄される毎日。
ろくに基礎もやらずに練習試合に駆り出される。
「ハズレかも、ッス」
「ハズレ?」
「何個か誘われてたんすけどね、そんなかから選んだ今のチームがハズレかもッス。そんで辞めようとしても引き留められてズルズルと……」
「ははは」
清田らしいなと、笑う牧。
少し頬を膨らませる清田。
「……そういや、神さんどうしてるんすかねぇ」
ぬるくなってきたコーヒーに口をつけ、思い出したようにいう清田。
あぁ、と、牧も思い出す。
「俺、神さんがバスケやめるとは思ってなかったっす」
「ほう?」
「だって、バスケやめなくてもこころさんといれるじゃないすか?こころさん優しいし、きっとバスケ続けること否定しないと思うんすよ。それに神さんあんなに努力してたし、トップレベルの3Pシューターになってたじゃないすか?」
「……そうだな」
コーヒーを啜る。
「仙道も、結婚して子どもできて日本代表でしょ?」
「…あいつの場合は、サクセスストーリーだな」
うーん。
清田は考え込む。
それを見て、牧が小さく微笑む。
「神には神の考え…人生があるからな。自分で決めたんだ、アイツは」
「結婚するらしいっすね、神さん」
「あぁ、呼ばれたよ」
「俺もッス。なんかすごいッスよねぇ、神さんとこころさんって、小学校から一緒だって」
「ああ、だからこそ、特別なんだろうな」
空になったコーヒーカップを眺めながら、テーブルに肘をつく。
「……あっ」
「ん?」
おかわりのコーヒーを飲む牧。
「練習ッス!やべ、忘れてたっ」
慌ただしく立ち上がると、金を机の上に置き、お先失礼します一礼したと言った。
「おいおい、バッシュ忘れてるぞ」
「えっ?…うわ、マジだ」
「ったく、変わらねぇな…」
「うっ……そ、それじゃ牧さん、神さんの結婚式で!」
「おう。あ、清田」
思い出したように、清田を呼び止めた。
「はい?」
「海南のユニフォームとったってこと、忘れんなよ。お前がチームを勝利に導くんだ」
「……!!」
はい!!
店内であることも忘れて、大声で返事をした。
「宗くん、どうかな……」
「!わぁ、こころすごく綺麗だよ」
fin.
公開:2011/3/19
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