勘違い


「ねえ日和。なんでまた他の男といたの。」
「…。」
「クロが、夜中に日和があの男の家に入ってくの見たんだって。声も聞いたし、間違いないって。」
「…。」
「アイツにも確認してある。」
「…。」
「ねえ、なんでアイツとヤったの。」


日和は、俯いて黙っている。

怖がっているのか、何か言えない理由があるのか。

久しぶりに、おれは怒っていた。



実は、今に始まったことではなかった。


前にも、こんなことがあった。
でも、おれがバレーのこととかで忙しくしていて、構ってやれなかったせいだと思って、特に責める事はしなかった。

だけど、最近はちゃんと日和との時間も作るようにしているし、日和のためならなんでもめんどくさがらないように心がけていた。


それなのに。
おれは裏切られた。



「…あの人は。…先輩は、わたしが少し前に好きだった人で。」
「おれと付き合う前?」
「うん。」
「で?」
「…誘われたから。」
「断らなかったの?」
「…。」
「ねえ、日和。」
「…。」

「好きって何?」

「…え?」



日和は、おれのことを好きだと言う。
で、さっきもアイツのことを好きだったといった。
そして、好きだったという男に誘われて、セックスしたという。

好きって、なに?
性行為に、どんな意味があるの?


おれは、日和が好きだと思う。
昔から一緒にいたけど、同じ幼なじみのクロより、おれの方が日和を知っている。
いつからか、他の誰にも抱かない感情を、日和にだけ抱いていた。

だから、日和のことは特別な存在なんだろうと思った。


「日和。」
「…。」
「日和は、何がしたいの?」
「…なに、が…?」
「日和はセックスしたいだけなの?」
「それは…ちが、…。」
「相手が男なら、誰でもいい?おれじゃなくても、平気?」
「……研磨!」
「おれは嫌だよ。」
「!」


クロも知らない、おれだけが知ってる日和。
それを、他の男も知っている?

なんだそれ、胸糞悪い。


おれだって、日和にしか見せないおれがいるのに。
特別でいてほしいから。
特別でありたいから。


「…研磨。…ごめんなさい…。」
「なんで謝るの?悪いと思うの?じゃあなんで着いてったの?抑えきれなかった?おれのこと、1度も頭にチラつかなかった?」

1度にまくし立てる。
日和は、ずっとおれの足元をじっと見ていた。
嗚咽が聞こえて、目から涙が溢れた。


「泣けば済むと思ってるの?」

自分でも驚くほど、冷たい声だと思った。
日和は更に嗚咽した。
まともに喋れる状態じゃなかった。

少し、申し訳ない気分になった。



「…日和。」
「…研磨…ごめんなさい…ごめんなさい…わたしさみしくて…どうしても誰かと居たくて…でも研磨はバレーで疲れてると思って……。」

日和は、しゃくりあげながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。

正直理解できない。
女の子は、みんなそんなものなのか。
それとも、人間はみんなそうなのか。

でも、そんな理由が通るわけがないじゃないか。

「…だからって、他の男に…。」


はっとした。


さみしくて?


日和は、ぎゅうと自分を抱きしめている。
小さく縮こまって、まるで赤ちゃんみたいだ。


「すごく痛くて、気持ち悪くて、なんか違う、っておもった。でも…ぎゅってされた時だけ、満たされたような気がして…。でも研磨の顔ばっかり思い浮かんで…。」

「…。」

「やっぱり研磨じゃなきゃやだ、って、その時気付いたの…。」


でも、ヤッたことに変わりはない。


…?
さみしかった?

…いや、もしかして、日和は。


「日和、勘違いしてない?」
「え?」

日和は、怯えるようにピシリと固まった。


「日和は、…セックスしたいんじゃない。ほんとは…こうしてほしかっただけ?」

そう言って抱き寄せると、日和は驚いたような顔をした。


「え?…え?」
「ちがう?」

日和は、おずおずとおれの背中に手を回し、目を閉じた。


「どう?安心する?」
「…する。」
「日和いつも、ナカに挿れる時、痛い痛いって言うよね。」
「…そうだっけ。」
「うん。つらいでしょ、あれ。でも、抱きしめたり、キスしたり、手を握ったりしてるときは、本当に幸せそうな顔してる。」
「…ほんと?」
「ほんと。」


そういえばそうだ。

日和は、いつもおれを求めてると思ったけど、行為の始まりは、いつだって日和が抱きついてきたり、甘えてきたりすることだ。
それを、日和はヤりたいのかな、と思っておれが押し倒す。
たまに行為に至る前に寝落ちすることだってある。

日和って、本当はセックスしたいんじゃなくて、ただ抱きしめて欲しいだけなんじゃないか…?


「…勘違いしてたのは、おれもなんだ。」
「え?」


ふと、彼女の家庭環境を思い出した。
姉が2人いて、親はいつも愛情を分散していた。
昔からさみしがりで末っ子の日和は、もしかしたらそれだけじゃ足りなかったのかもしれない。

高校生にもなって、親に甘えられなくなって、だから他者に甘えを求めて…。


おれからの告白によって、それがおれに行き着いていただけ。
おれたちの関係なんて、所詮口約束の脆いものだった。

それを、おれは、日和だけが悪いような言い方を…。


「…日和。ごめんね。強く言いすぎた。」
「…研磨は謝らないで。全部わたしが悪いんだから…。」
「……。日和。」

腕に力を込める。
日和はピクリと肩を跳ねさせた。
日和の腕にも、力が入る。


「違う。おれが悪いんだよ。だって、日和がつらかったの気付けなかった。」
「…そんな。」
「おれ、日和を失いたくない。」
「研磨…。」


そうだ。
怖かったんだ。
日和が、おれじゃなくてもよくなって、おれから離れて行ってしまうのが。

肩の上に顔を埋めると、欠けていたピースがぴったりとはまったように、心地よくなった。


「わたしも、気付けたから。」
「ん?」
「研磨じゃないとやだって。研磨しか、いないって。わたしを…さみしさから、救ってくれるの。」

日和は、おれの胸に顔を押し付けた。
あったかかった。
心から、安心した気分になれた。


「日和。愛が欲しくなったらいつでも言ってね。」
「うん!」


ずっとずっと大事にする。
ずっとずっと…一緒にいたいから。
幸せにしたいから。
愛しているから。



「日和。」
「なあに?研磨。」
「………好き。」
「…ふふ。わたしも好きだよ。」


fin.


公開:2016/09/18/日


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