放課後


「いて。」
「ん?」

日直の仕事で、花瓶に水を入れていた。
少しだけ蛇口から花瓶の口が逸れて、指先に水がかかる。
冷たい感覚と、微かな痛覚。

「どした?」

同じく日直の菅原君が、自分の眼の前の水道を止めて、不思議そうにわたしの顔を見ている。

「うん、気付かないうちに、紙で指切ってたみたい。」

誰にでも、よくあること。

「ありゃりゃ。俺もそれ、たまにやるよ。切った時は気付かないもんだよなぁ。」
「ねー。」

なんてことない、ただの雑談。
それから教室に戻って、それぞれの花瓶を所定の位置に置く。

それから向かい合って座って、日誌を広げる。

「はい、絆創膏。」
「え?」

ずい、と差し出された手のひらに乗っていたのは、絆創膏。
わたしは唐突すぎて、唖然とした。

「?指切ったんだろ?」
「う、うん、そうだけど…でも。」
「ん?…あ、大袈裟だって?念のためだよ、念のため。」

そう言って爽やかに笑う菅原君。
優しげな外見に比べて、大きくしっかりした手。

「ありがとう。」
「イイエ。」

外装を剥がし、絆創膏で丁寧に傷口を覆う。


「絆創膏ってあんま使わないから、寧ろ使ってくれた方がありがたいくらいだよ。」
「ふぅん。でも、怪我は勘弁かなー。」
「ははっ、確かに。」
「…あ、それ。」
「ん?…あぁ、これ?」

ふと気がつく。
菅原君の左手の中指には、テーピングが巻かれていた。

「菅原君も…怪我?突き指?」
「あ…うん。」

どこか苦しげな表情の菅原君。

「…?」
「…1年に、上手いセッターが入ってさ。」

セッター。
そういえば、男女合同の体育の授業でバレーをやった時、菅原君は特に綺麗なトスを上げていた。
あの時は、思わず見惚れてしまったなぁ。

菅原君が今、言わんとしていることは、わかった。

頭の中に、こんなに優しく笑う菅原君の、一生懸命ボールに食らいつく姿が思い浮かんだ。


この優しい笑顔の裏で、相当苦しい思いをして、相当努力をしているんだろう。



「…あ、ほら。早く日誌書いちゃおう?」
「あ、そうだね。ごめんごめん。」

そうだ、ただでさえ日直だと部活に遅刻せざるを得ない。
わたしは慌ててシャーペンを握る。

「…生まれ持っての才能の差ってさ、努力だけじゃ本当にどうにもならないんだよね。」
「…?」

菅原君は、ぼんやりと校庭を見ている。
沈みかけた夕陽に照らされて、そんな横顔が綺麗だなぁ、と思ってしまった。
そんなわたしに気付いてか、くるりと顔をこちらに戻すと、にかっと笑った。

「でも、俺は負けない。」
「…!すがわら、くん…。」


固まってしまったわたしにお構いなしに日誌を自分の方に向けて、サラサラと書き込むと、日誌を閉じた。

「よし、職員室行くぞ!」

立ち上がってカバンを肩にかける。
わたしも慌てて荷物を持った。

「あっ…日誌と鍵、私が持ってくから!」
「え、まじで?」
「うん!だから、その…」
「?」
「怪我、しないように気をつけて、…部活、頑張ってね!!」
「!」

菅原君は驚いた顔をしたけど、すぐ爽やかに笑って片手を挙げた。

「おう!ありがとうな。白森もお大事に!」


菅原君が去った後。
廊下を歩きながら、まだ心臓がドキドキとうるさい。

「…どうしよ。」

好きになっちゃったかもしれない。

「…ふふっ。」

今度、応援しに行こうっと…!



fin.



公開:2016/06/13/月


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