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吐き気がした。セックスだとかキスだとかそんなものが汚いもののように思えて、頭がくらくらとする。雑誌や小説などで官能的に書かれている性行為はとても気持ちの良さそうなものでしかなかった。文字を追うだけで頭が蕩けそうな感覚に陥る。けれど、実際に顔を近づけ相手の吐息を感じるとダメになるのだ。急に冷めて、何もかもが大嫌いになる。触れるだけのキスも手を握るのも抱きしめるのも、すべていやなのだ。誰かがわたしに触れることが嫌なのだ。それなのに唾液を混ぜるように舌を絡ませるキスもお互いの体液でぐちゃぐちゃな体を舐めあうのなんて以ての外だ。


「無理、」


そう一言溢せば目の前の彼は顔を引き攣らせた。それもそうだ。恋人のはずなのにキスもだめだなんて。手を握るのはなんとか我慢ができた。それでも夏場の生ぬるい汗をかいた手は少し、いやかなり、気持ちが悪かったけれど。でもキスだなんて、そんな。彼の口はさっきまでパスタがあって、その中にわたしの舌が侵入するなんて考えられない。


もちろん目の前にいる彼のことはすき。そのピンクめいたブラウンの髪も今流行りのタレ目なところも透き通るような肌も額についた傷も全部好き。嬉しいことも悲しいことも分かち合っていきたいとさえ思う。彼のすべてが知りたいとも思う。けれど、唾液を分かち合うことは、出来ないのだ。

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