「…勝呂くんはさ、好きな子とかいないの?」
わたしと勝呂くんしかいない閑散とした教室の中でなんとなく、本当になんとなく聞いてみただけだったのに。まさかそんなに顔を赤くしてびっくりするとは思わなかった。
「なんや、急に…」 「別に。」 「別にやあらへんやろ」
教室に残って明日までの苦手な教科の宿題をやっていたら掃除当番だった勝呂くんがゴミ捨てから帰ってきてなにしてるんやって声をかけてきたのがはじまりだった。頭のいい勝呂くんは教えるのがとても上手でたまに勉強を教えてもらってたりしていた。そのうちだんだん教室に残ってお話しするようになった。話す内容は本当に他愛のないもので志摩くんのお兄さんのバンドがすごくいい曲だとかこの間はこんな任務に駆り出されたとか。お互い話すことがなくなると教室の外から見える野球部の練習を眺めたり。 勝呂くんといると会話がなくても気まずいという感じにはならなくて、勝呂くんから発せられるその雰囲気がすごく好きで、落ち着いた。
「もし、もしね、勝呂くんに好きな人がいたとしたら、わたしと2人きりでいるのはよくないかなって思って…」 「…」 「勝呂くん、?」
「お前はええんか?」 「…何が?」
「俺は、」
「俺はお前といるこの時間が好きだ。お前と話すくだらない内容も教室の窓から見る野球部の練習も夕日で赤くなる教室も、好きなんや。」 「…勝呂くん」
「お前は、俺が仮に好きな子がいたとして、その子に勘違いさせないためにもう2人で教室に残ることがなくなるようになってもええんか」
彼の言葉が素直に嬉しかった。わたしと同じことを思っていてくれて、しかもこの時間が勝呂くんも好きだと言ってくれた事実が。そして、どうしてあんなことを言ってしまったんだろうと後悔が押し寄せる。たとえ勝呂くんに好きな子がいたとしてもわたしはこの時間を失いたくはないのだ。
「 」 「え?」 「いやだよっ、わたしも勝呂くんとするくだらないお話も、勝呂くんと一緒にみる野球部の練習も、夕日で赤くなる教室と勝呂くんも、好きなのっ」
いい終わらないうちにわたしの2つの球体からはしょっぱい液体が一筋頬に伝うのがわかった。頭におかれた大きくてごつごつした温もりにとめどなく流れてくる液体をどうやって止めればいいのかわからなかった。
自然とわたしの口から発せられた言葉はなんとなくだと思っていた。思っていたけれど本当はどうしようもなくわたしは勝呂くんが好きだったんだ。彼と過ごすこの時間もこの教室も、勝呂くんがいるからこそのものだったんだ。そう思うとさっき言った言葉は告白に近いんじゃないかと急に自覚し始めて顔が熱くなる。勝呂くんはどう、思っているんだろう。溢れる液体を必死で止めようとして勝呂くんを見上げると夕日で勝呂くんの顔は赤くなっていた。
「なまえ、さっきの、その…夕日で赤くなる教室も俺も好きっちゅーことは…告白としてとらえてええんか?」 「えっ、あっ、そのっ」 「顔、赤いで?」
告白に近いんじゃなくてやっぱりあれは告白だったのだと再認識させられて、自分でも顔が赤くなるのがわかった。勢いに任せていってしまった言葉がこんなことになると誰が思っただろうか。
「これはっ、夕日のせいだよ…」 「まぁ、ええけど。で、どうなんや?」 「…好き。勝呂君が大好きなの。」
ついに言ってしまった。さっき自分の気持ちに気付いたばっかなのにこんなにも早く伝えて玉砕するなんて、なんて短い恋だったのだろう。勝呂くんには好きな人がいるのに、迷惑だったよね。
「好きな人がいるのにこんなこと言っちゃって…ごめんね?」 「はぁ?ここまできて何言うとんのや。俺が好きなのはっ」 「?」 「…」 「勝呂くん?顔赤いよ?」 「っ…夕日のせいや」
夕日が沈みかけ、教室も暗くなりかけていたけれど、いまだに私と勝呂くんの顔は赤いままだった。
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