「おはよう!」
「うおお‥‥‥?」

掛け声とともに、勢いよく全力で掛け布団を引き剥がされる。ぱっと現れた、いつもよりぬくぬくしてそうな格好をした帝統に割りかし本気で嫌そうな顔をしてしまった。っていうかどっから入ったの、と聞けば、前あげた合鍵をちゃらりと見せられて。くう、ぬかった。
ちょっとも動きたくない、と意思表示するように、残ったぬくみを逃さないよう猫みたいに丸まる。のを片手で待て待て、と軽く制された。

「‥‥‥帝統くん、まだ外暗いんですけど」
「そりゃ3時だからな」
「ばかじゃん‥‥‥、お休みなのになんでこんな朝に」
「ごめんな、じゃあ寝てていいぜ」

3時ってまだ深夜だわ、と掛け布団を取り返して寝ようとすればぐいっと持ち上げられて、折角残っていた暖かさが全部抜けていってしまう。さっむ‥‥‥拷問‥‥‥。
寝てていいって言ったじゃん、と持ち上げられたままバタつけば、ぱさりとコートを被せられて。

「おぶってくから、俺の背中で寝てていいって話だよ。ちなみに帰りは日が昇ってからの予定」
「‥‥‥うう、わかった、降参、降参します。ちゃんと服着させて‥‥‥」

いくら今が冬で日が昇るのが遅くても、パジャマで寝癖がもさもさの髪を人に見られるリスクは減らしたい。
せめて顔くらい洗って、歯磨いて、服着替えて。‥‥‥くそう、恨むからな帝統。
──────

「ほい、着いた」
「‥‥‥山じゃん」

寝ぼけ眼を擦りながら歩いて歩いて、たどり着いたのは中王区から離れた小山のてっぺん。小さい展望台に、ベンチがいくつかあるだけの廃れたところだった。
真冬の早朝に付き合ってもない女連れ出して何するつもりだ、と出てきた鼻水をすすれば、タオルを敷いたベンチに座らされて、軽くブランケットをかけられて、自販機のあったかいココアを渡されて。
へにょ、と笑った帝統は私の隣に座った。

「そんな睨むなって、多分そろそろだから」
「なにが」
「まあもうちょい待て‥‥‥、っと。来たぜ」
「え」

帝統がすっと指した先。そこには真っ暗な空しか無かった筈なのに。

「‥‥‥流星群!」
「おう、乱数が言ってたんだよ。この時間にあるって」

ばらばらと、空が金平糖をこぼしたように星が降る。普段は見られるだけでレアな流れ星が、こんなにも目の前で煌々と流れていくのは、なんだろう、心がきゅうきゅうする。
すごい、と惚けたように呟けば、だろ?と帝統が軽く引き寄せて来て。‥‥‥うん、まあ、嫌じゃないし、寒いし、振り払わんでやろう。

ほう、とひとつひとつ流れる星を追いかける。
冬の夜中っていうのは空気が澄んでるのもあるんだろう。星が一層綺麗に見えて。
すうと吸い込んだ冷たい空気が肺に満ちる。血管を巡って、脳に冷たさが染み込む。
ちらと隣を覗けば、口元を緩ませた帝統が空を見上げていて。
私の視線に気付いた帝統は、なんだよ、とくすぐったそうに、照れ臭そうに笑って。

ぎゅう、と心臓が引きしぼられる。
ぴりっとした痛みに目を瞑って。

ああ、ちくしょう。分かってたのだ。
付き合ってもないこいつに合鍵を渡したのも、深夜に起こされてもなんやかんや怒れないのも。
こいつの私を見てやわく笑う顔が、賭けをしてるときの熱狂して最高にぶち上がってる顔が。

「ちょ、名前、頼む、寝ないでくれ、これからメインイベントなんだよ」
「のっ、覗きこんでくんな!寝てないです!」
「良かったー‥‥‥。で、メインイベントな訳だが」

ぱち、と視線が交差する。

「なあ、願い事何にした?」
「‥‥‥へ?」
「願い事だよ、流れ星にゃ願い事って相場が決まってんだろ?」

何言ってんだこいつ、と薄目になってしまう。
今の今まで帝統のことでいっぱいだった、なんて馬鹿みたいに恥ずかしいことは勿論言えなくて、っていうかそんなこと考えてる余裕なんかなかったし。

でもまあ、よく考えたらこんなに降ってるんだから数撃ちゃ当たる精神でなんか祈ってみようかな、なんて。

「俺は、名前が俺のこと好きになってほしいって願った」
「‥‥‥」
「はい自分の頬抓るなよ。これからロマンチックになんだから」

真面目くさった顔して、ほんのり色づいた赤い顔をして。帝統は私の両手をぎゅうと握った。
え、何この展開、何が起こってるんですか、夢ですか、嘘ですか、いや嘘はあの作家さんの十八番だし、なんて頭がぐるぐるしてる間に、ぱっと帝統は立ち上がって。

「ってことで賭けをしよう!この流れてる星を俺が取れたら付き合ってくれ!」
「あっやっぱりこれ夢だ起きよう」
「マジだって!ほら、見てろよ!」

にかっ、と笑って、狭い展望台を「よっ」「ほっ」と言いながら一人で格闘して。何してんだよう、と混乱でぐるぐるしている頭がもっとぐるぐるする。

帝統が私を好きで、帝統が星を取ったら私と付き合って、ええ、えええ‥‥‥?

泣きそうな私をほっぽいて楽しそうにしている帝統は、ひとつの星が降った時に、ぱちんと両手を叩いて、へにょへにょ笑いながら戻って来た。
え、捕まえたの。捕まえられる訳ないよ、星だよ、でも本当に捕まえてたら。
はくはくと冷たい空気が肺に送り込まれる。緊張する、手足が冷たくなる。

ほら、と開かれた手。そこには。

「‥‥‥ネックレス?」
「星じゃないけど、ま、許してくれ」

ちゃり、と、仄かに光るネックレス。それは、優しく私の首にかけられて。首の後ろに腕を回された時、帝統の匂いで頭がいっぱいになる。
首元の小さいモチーフに、帝統がゆっくり口付けて。

「‥‥‥とまあ、ここまでの演出点入れてさ。ちょっとでもいいなって思ってくれたら俺と付き合ってくんねえか」
「だい、」
「正直俺は安定とか嫌いだし、ギャンブルやめるつもりねえし、ラップバトルも出なきゃなんねえし、割といっつも素寒貧だし。付き合ってもいい事ねえけど」

ちゃり、とネックレスが揺れる。現実味があんまりなさすぎて、帝統の後ろの空に降る流れ星が幻想的で。

「俺の全部賭けて、名前のこと全力で幸せにするから。だから」

堪え切れなくて飛びついた。うおっ、みたいに驚いた帝統はそれでも私を受け止めて、べそべそ泣いてる私に慌てて。待て、泣くな、そんな嫌だったか、とか。女心のわからん奴め。嘘です、分かるようになったらモテちゃうから一生分からないで欲しい。
告白の返事はもう勝手に私の口から飛び出していった。最初は小さく、段々止まらなくなって。

ぱっと顔を上げた先。薄ぼんやりと現れた朝焼けの色と、それこそさっきまで見ていた流星群みたいなきらきらした目の帝統。その髪色が混じって。

ぎゅう、と抱きしめられる。
すきだ、ともう一回呟かれた言葉が耳に入って。

体はもうとっくに寒く無くなっていた。


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