「泉まだー?」
「今書き始めたばっかだろ」
放課後の教室で俺は必死に日誌の欄を埋めていた。なんで学級日誌ってこんなに書くところ多いんだよ!どうせ見返しもしないのに…。そう思うので字はとても汚い。男子特有の殴り書きだ。放課後の教室に二人きりだからといって目の前のこいつと付き合ってるだとか、特別な関係ではない。ただのクラスメートだ。まぁクラスの女子の中では一番よく話すけど。互いに日誌を書くのが嫌で日誌か黒板かはじゃんけんで決めた。そして俺は負けたのだ、そのじゃんけんに。
「まーだー?」
「お前少し黙れ」
ガタガタと椅子を揺らしながら話しかけてくるので机が揺れて字が書きにくい。ただでさえ殴り書きで読みにくいのに…もうほとんど解読不可能だ。俺は早く日誌を書き終えて部活に行きたいのに。授業で溜まったストレスをボールを打って発散したい。というかこいつはなんで俺を待ってるんだ?黒板は文句なしに綺麗だし確かこいつは帰宅部だったはず…。わざわざ俺をまつ必要なんてない。むしろ暇なら俺の代わりに日誌書いてくれよ。
「終わったんなら帰ればいいだろ」
「んー…んー…まぁ色々あるんですよ」
「ふーん…」
顔は上げずに声だけで返す。だから気付かなかった、彼女の表情の変化に。
「よし、終わった!」
「!!」
俺が顔を上げると彼女はビクッと肩を揺らした。不思議に思って彼女の目を見るとすぐに逸らされた。さっきは嫌ってくらいこっちを見てきたのに、こちらから目を合わせようとすると逃げるように視線を泳がせる。……なんだ?
「じゃあ俺部活行くから、日誌出しといて」
「あー…うん…部活頑張って」
「おー。じゃーな」
エナメルを肩にかけて急いで部活に向かう。思っていたより時間がかかってしまった。遅くなるとランニングは増えるし合流するのも遅くなるからバッティングの時間も減ってしまう。すぐ部室行って着替えないと。もうみんなキャッチボールを始めてる頃かな…。
「いずみっ!」
教室から出ようとしたところで呼び止められた。声がいつもより張り詰めている感じでなにかと思って振り返ると大きな袋が飛んできた。驚きながらもそれをキャッチする。さすが野球部、このくらいは楽勝だ。投げられた袋を確認してみるとそれは俺の大好物クリームメロンパンだった。これ、俺の好物って知ってるからくれたのか?
「なにこれ」
「プレゼント」
「は?」
「泉今日誕生日でしょ?おめでと」
照れたように笑う彼女の顔が夕日に照らされてとても綺麗だった。
恋に落ちる音がした。
(夕日に溶けてしまいそうで少しだけ怖かった)