Novel
真夜中のひといき

くしゅ、とくしゃみをして部屋の底冷えした空気に気がついた。
布団から少しはみ出た足が寒い。

(寒い…)






暖房のリモコンほどこいったかな、と暗闇をきょろきょろと見渡すがやっぱりわからない。そうこうしている内も寒いのだけれども。
だいぶ闇に慣れてきた目で、くるりと下を見下ろす。
鬼灯さんは夢の中らしい。布団のくるまった広い背中は僅かに上下していて、快眠だということが見てわかった。
ちなみに白澤さんは夜遊びです。都会に出たら数人の女の子グループに捕まったらしく、現世でも一足先に春を満喫しているらしい。いや、年中春かあの人は。

彼を起こすのは忍びない。
そろそろと冷たい床に足を下ろして、台所に向かう。冷蔵庫を音をたてないように細心の注意を払って開け、赤いパッケージの牛乳を取り出し、洗って乾かしていたマグに注ぎ込む。
電子レンジで温めようと、ばかんと音を立ててレンジ戸を開いた時だ。

マグを握る手に後ろからそっと伸びてきた手が重ねられたのだ。

「うわっ!?」

私よりもずっと冷たい手。思わず取り落とした牛乳の入ったマグは、その冷たい手によって受け止められた。中身をこぼすこともなく。

急いでうしろを振り返れば、眠気眼の鬼灯さんがじろと私を見下ろしていたのだ。正直に言っていいですか、めっちゃ怖いです。こんな真っ暗闇の中、こんな怖い形相に見下ろされてビビらないわけがない。

「ど、どうしたんですか…」

もう小声になる必要もないのに声を抑えてしまう。鬼灯さんは気だるげに頭を掻き、いつもよりも明らかに低い声で「あなたこそ遅くに、どうしたんですか」と尋ねてきた。

「え、いや…寒さで目が覚めちゃって」

「ああ…」

たしかに寒いですね、と言ってあくびを一つ。

「昨日はこんな寒くなかったのに急にきたなぁ…」

「そろそろ雪でも降りそうですね、現世は」

やっとマグを電子レンジに突っ込み、温めを待つこと一分程度。ほわっと温かい湯気を吐き出すマグを手にベッドに腰掛ける。今まで冷え込んでいた指先からじんわり温まり、なんとも幸せな気分だ。

それを眺めていた鬼灯さんが、なにやら戸棚を漁り、同じようにマグを取り出している。このマグ、鬼灯さんと白澤さんが来てから彼ら専用のものを某黄色い看板に黒文字の店名が目印の雑貨屋で買ってきたのだが、二人ともならって使ってくれているのが密かに嬉しかったりする。
そのまま牛乳を注ぐのかと思いきや、今度は小さな鍋を取り出してそこへ牛乳を注ぎ、火にかけ始めた。

「何かつくるんですか?」

今は深夜一時五分前だ。寒さで目覚めた私はすっかり目が冴えてしまったのだが、どうやら鬼灯さんも同じようだ。
ホットミルクを半分程飲み終え、マグ片手に近寄れば、ちらりとこちらを振り返る。

ふと横を見れば、鍋の横に板チョコレートが一枚置かれている。さっき戸棚を漁っていたのはこれを探していたためか。
つい先日のバレンタインデー。料理ができないなりに板チョコを買ってきて湯煎にかけ作り上げた、歪ながら二人に日頃のお礼と言って手渡した事を思い出す。この板チョコはその残りだ。
包装と銀紙をべりべりと剥がし、黒に溶けそうな焦げ茶色の長方形を適当な大きさに割っていく。それらを温めた牛乳に放り込んで、木製ヘラで混ぜ込む。

私はその手際の良さを、横からじっと眺めていた。ほっと息をつく頃には、美味しそうな温かみのある茶色のそれがくつくつといい音をたてはじめる間際だった。

「ココア?」

「正確にはホットチョコレートです」

鍋の火をとめ、うまいことマグに注ぎそれを満足そうに飲む鬼灯さん。ただでさえ白い頬にふっと赤みが差してきた気がする。なんだか羨ましくなって、私も慌ててすっかり冷え切った牛乳を飲み干して、空になったマグ片手に鬼灯さんを見やる。
言いたいことは伝わったようで、鬼灯さんは仕方がない、という言葉の代わりにしたようにため息を吐いて鍋からまだ残っていたホットチョコレートを私のマグへ注いでくれた。

ふたたび指先を温めるそれに幸せを感じつつ、喉奥に通せば予想以上に熱い。

「うお…思っていたより甘い…」

「そうですかね」

「鬼灯さんて甘もの好きですよね」

「…、なんでも食べますが」

「でも辛いもの食べてるところ見たことないですし」

「……………、」

黙ってマグからホットチョコレートを啜る鬼灯さんの目がじろりと私を見据える。不愉快を表す眉の下がり具合を咄嗟に感じ取り、ゴメンナサイと即座に謝れば再び前を見据えてマグに口をつける。
ウン、辛いのダメっていうのは心の内に秘めておこう。きっとこれ以上突っついたら盛大なお返しが来る。

「鬼灯さんて、料理得意ですよね」

「普通ですよ」

「いや、普通男の人は夜中いきなりホットチョコレートとか作り出したりしないと思います。家庭力というか女子力あると思います鬼灯さん」

「没収」

「うそうそうそ!!!」

まだ半分も飲んでないのに!!といって持って行かれかけたマグを引っ張り返せば呆れたように目を瞑る鬼灯さん。
鬼灯さんから逃げるように未だに熱いそれを啜りつつ、ベッド側へと向かい気になっていたカーテンをそっと捲る。
すると、想像していた通りの景色に思わず大きな声が出た。

「雪!!鬼灯さん雪降ってる!!」

「ああ、やはり降りましたか」

「積もってる!すごい!!」

「貴方もう二十歳でしょう…雪一つでまだはしゃぎますか」

がらがらと窓を開ければひゅうと入り込んでくる冷たい風。それに構わず窓の桟に積もった雪に指先突っ込めば恐ろしい程に冷たい。しんしんと雪はすでにここから見える家の屋根をうっすらと白く染め始めていた。

「冷たい!」

「いま折角身体を温めたというのに」

「鬼灯さん!冷たい!雪!」

「見えてます分かります。由夜さん、遅い時間なんですから静かになさい」

完全に子供をあやす母親だ。しかしそこではたと気がつく。白澤さん、まだ帰ってきてないけど大丈夫かな。
止む様子のない雪は、傘なしで帰ってくるには厳しい天気だ。

「鬼灯さん、白澤さん傘持って行ってないですよね…」

「持って行ってないですね。道端で冬眠からの永眠してくれていたらいいんですけど」

「どうあがいても帰ってこないじゃないですか!」

そう叫んだところ、ふと下に見覚えのある白い服が見えた。雪景色と同化しつつあるが、傘もささずに小走りで駆けてくるあの姿は、多分。
なんてタイミングの良い。私はそれをさっすると同時に、鬼灯さんも視認したらしい。
チッと舌打ちして窓に足をかけ、体が冷えるのも構わずにベランダに積もった雪を手のひらで大雑把にかき寄せる。
それを両手で固め、大きく振りかぶり眼科の白澤さんへ向けて投げつけた。

まぁ見事にそれが当たるもんで。ぼこっと当たった瞬に割れ散った雪玉の下で、微かに白澤さんのくぐもった悲鳴が聞こえた気がする。

「…よく当てましたね」

「石が周りになかったのが惜しいですね」

絶対石あったら入れて投げてたよね。それほんとに怪我じゃすまないからね。

その後、雪まみれになった白澤さんが声を上げて部屋に帰ってくると同時に鬼灯さんが飛び蹴りを入れにかかり、さっき私に向かって遅い時間なんだから静かにしろとか言ったのはどこの誰だったっけとか突っ込む間もなく喧嘩を止めようと仲裁に入る顛末。
その一連の流れがあるまで、窓を閉め忘れていた結果、折角部屋を温めていた暖房の熱はすべて雪の冷え込みに持って行かれた。

結局、再び身体を冷やした私たちは深夜二度目のホットチョコレートを三人で啜る羽目になる。



END


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